Little rock'n'roll
たちばなまこと

サラみたいにさ
ピアノでロックを歌いたいと、思っていたから
キーボードを買った
トランクに積んで、運転席からメロディーを紡ぐ
音楽を思うと、ときどきからだが、高校時代に浸される

私立校の彼氏の家には、ガレージに練習場があって
ドラムセットが一式、ギラギラ光っていた
「たたいてみなよ」って座らせて
後ろから手をまわし、私の手でたたいてみせる
だから一応、ドラムの経験があるかな
なんて言ってみている
彼は服のセンスが悪いなぁって、いつも思ってはいたけれど
口にしなかった

彼の部屋では、ベッドに座り、ギターのコードを教わる
手が小さいから小指が届かなかったり
左手がつってしまいそうになったり
出来ないとやっぱり、後ろから手を被せてきて
易しいコードを押さえてみせる
できない姿を「かわいい」と言うための、口実を作る男の子
そうして短く抱かれて
つまんないなぁ、なんて
心の仕方を知らない彼に
心を入れようとして、入れられなかった
その先を求めていた女の子とは違って
まだ、わからないようだった

私の高校のバンドマンたちとも、交流がある彼氏
「あいつ元気?」なんて、廊下で呼び止められる
普段話さないタイプの男の子たちと
話が出来ることはうれしかった
はにかみながら、音楽の話をする
かわいい顔になる
男の子のほうが子どもみたいなのは
男の子のほうが真っ直ぐだから、かもしれない

学園祭が近付くと
どこからか軽音部の音符が流れてくる
恋の噂も風に乗り、流れてくる
クラスのイノちゃんは、ベースのワキタくんが好きで
サイ先輩がつき合っていたヴォーカルのオオタくんは
また違う女の子とつき合っているとか
私は帰宅部のシンヤくんと、ちょっと仲良くなって
廊下ですれ違うめがねの彼女と、目が合わせられなかった
オオタくんとは、最近オンラインで再会したんだ
女の子という存在が好きで
バスで一緒になると、他愛もない話をした
寝顔をのぞき込んだり、顔を近づけたり
隙あらば誰にでも、やさしくする男の子だった
今は、真面目な勤め人のようで
女の子を飛行機に乗り換えて、あちこち飛び回っているよう
今は、どんな男性なんだろう

高3の冬、二十歳の調理師と知り合った
学生時代のバンドでは、ヴォーカルだった
ヴィジュアル系のバンドが好きで、詳しい
お化粧をしてあげると映える、綺麗な顔をしていて
わがままで
気を惹くために他の女の子と寝て、報告するような男の子
別れた後も、後悔を歌にして
電話口で泣いたりして
馬鹿だなぁ
そんな風に、格好の付け方をときどき間違える、男の子たち

Xのコピーバンドが、endless rainを演る
ピアノの上手い先輩が、ごついからだをしなやかに揺らす
体育館の女の子たちはため息混じりに
それぞれの胸の内を編み直す
隣で目をつむる友だちのミユは
ギターも弾くし、ソングライトもしていた
私は絵と詩とカラオケとお菓子作りが好きなだけだったけれど
「ミカがヴォーカルで、ジュリマリのコピーやりたいなぁ」ってミユが
言ってくれたのが、とびきり嬉しかった
最終日のビンゴゲームの日に
「あいつと別れてきた」って、シンヤくんが耳打ちをする
口元から、生ぬるくて甘い、男の子のにおいがした

みんな、今も、音楽を演っているのだろうか
ドラムもベースもギターもヴォーカルも、口説き文句にしてしまう
たぶん、それは不器用な手段で
女の子は容易く、その不器用さに、口説かれてしまうから
メロディーはずるいほどに美しいよ
そんな風に
私は誰かを思いながら、新しいキーボードで
コード進行のお勉強を始める
新しいうたを、うたおうとしている


自由詩 Little rock'n'roll Copyright たちばなまこと 2010-02-04 20:50:49
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