憧憬
真島正人
これだけなだらかな
流線型の谷を下るあいだに
私はすっかりと忘れてしまっていたのだ
これが谷であるということを
私は視覚的な美しさを楽しみ
そこにはすべてがこめられていると思い込んでいた
それもある意味では
正だ
目で見るもの以上のことを
人はつむぐことが可能だろうか?
可能だという人々はもちろんいるし
私も否定したくないが
私はいつもこういうことにしている
「よくわからない」
と
※
昨日
不意に目にとまったものは
小さな胞子を震わせている
茸の傘だった
私はそれを拾い上げようとした
それは
私の中で震えているさまざまなおびえの形と
とても似ていると私には感じられたからだ
だが結局のところ
私はそれを拾わなかった
私はいやだったのだ
私の内部にいるおびえを連想させるそれを持ち上げたとき
それが実は
まったく別のものであるということが
私の中のおびえは
泣きそうな顔をして体中を震わせ
気ぜわしく体内に胞子を噴出する
私はそれに突き動かされ
共生することで成長してきた
それの別の姿を
はっきりと見たくはなかった
※
なだらかな斜面を歩くとき
不意に私の頭を
殴る感触に驚くことがある
それはいつも「時間」だ
時間だけは私を赦すことがなく
私をいさめ
悲しませ
なじり続ける
私が胸の中に膨らませる幸福感は
すべて時間が見せた偽者の幸福感であり
私の署名した
あの置手紙には
本当は何も書かれてはいなかったのだと
私が悟りだすと
それは強い力でわたしを殴り
私に何も言わせないのだ