殺すな
吉岡ペペロ

藤沢周平の小説に殺すなというのがある
中二のとき国語の先生が授業で朗読してくれた
先生はいまの私より十歳下だった

先生の野太くて明るい朗読は
鹿児島なまりの抑揚で歌うようだった
不埒な中学生だった私がそれを聴いていた

いとしいなら、殺すな、

先生がその小説のさいごの台詞を言ったとき
そのあと数行の朗読のあいだ私は泣いていた

登場人物の誰の立場になったという訳ではない
からだじゅうの毛穴が開き切って
私は宇宙にひとり放り出されていた
あのとき私の胸に火のようなものが灯った
それは私のある部分を清浄にさせた

いとしいなら、殺すな、

私はいとしいひとを二度殺していた
殺さなければ私の魂は糜爛し腐乱した
先生の朗読がなければ
そうしなければならなかった


自由詩 殺すな Copyright 吉岡ペペロ 2010-01-23 20:27:46
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