殺すな
吉岡ペペロ
藤沢周平の小説に殺すなというのがある
中二のとき国語の先生が授業で朗読してくれた
先生はいまの私より十歳下だった
先生の野太くて明るい朗読は
鹿児島なまりの抑揚で歌うようだった
不埒な中学生だった私がそれを聴いていた
いとしいなら、殺すな、
先生がその小説のさいごの台詞を言ったとき
そのあと数行の朗読のあいだ私は泣いていた
登場人物の誰の立場になったという訳ではない
からだじゅうの毛穴が開き切って
私は宇宙にひとり放り出されていた
あのとき私の胸に火のようなものが灯った
それは私のある部分を清浄にさせた
いとしいなら、殺すな、
私はいとしいひとを二度殺していた
殺さなければ私の魂は糜爛し腐乱した
先生の朗読がなければ
そうしなければならなかった