暹羅の青い猫
楽恵

暹羅(シャム)猫を飼うのは難しいから止めたほうがいいと友人は言っていた
でもお前を飼って正解だったと今は思う
私はこの2年仕事を終えると一目散にお前のもとに帰ってくる
ソファに寝そべって愛しい茶色の尖った顔を眺めていると
お前があの豊かな緑の王国に住む高貴な娘であるような気がしてくるのだ
水晶のように青く透き通った瞳を覗き込む時
私はお前の前世の姿を見つけることがある
私たちは母なるメナム川に沈む夕陽を共に眺めている
黄金で着飾った褐色の肌の美しい王女

(わたくしの女主人)

夜になると貴女は蝋燭に灯を点し
金色に輝く御仏像の前に跪き祈り始める
捨て猫だったわたくしがアユタヤの王宮で暮らし始めてはや2年
貴女は毎晩のように小さな手のひらを合わせて御仏に祈る
いつもそうやって何を祈っているのですか?
父王に可愛がられ多くの従者に仕えられ
この国で一番豊かで幸福そうな貴女
なのに
揺れる蝋燭に照らされた貴女の横顔にうつし出される苦悩は
何故だか日々深くなっていくばかり
誰の為に祈っているのですか?
貴女、わたくしのような小さな愚猫には
人間がこの2千年御仏に祈り続けていることの意味が分からないのです
万民を救う御仏の慈悲とは何でしょう
それは貴女を苦しみや悲しみから救ってくれるのですか?
愚猫のわたくしにできること
夜通し祈り続ける貴女の冷えた足元に寄り添い
この長いしっぽを絡めて慰めてさしあげることだけ

(貴女)

生き物が全て生まれ変わることを知っていますか
風の声や波の音に懐かしさを憶えるのは
貴女がかつて鳥や魚であったから

(人間よ)

山の向こうに沈むあの陽の美しさを疑ってはならない
あの陽は私たちが前世で共に寄り添い見た陽と
同じ夕陽なのだ
お前の水晶のように青い瞳の中で
今日もメナム川に陽は沈む


自由詩 暹羅の青い猫 Copyright 楽恵 2010-01-14 21:07:00
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