語ることのない物語
kauzak
主の居ない実家の風通しに行って
帰京する日の昼食は
親父が通いつめていたラーメン屋
生前
親父は帰省していた僕が帰京する日には
決まってこのラーメン屋で一緒に昼食を食べた
それだけが唯一の親父との思い出のように
僕が執着してしまっているのは
何故だろう
口論ばかりの晩酌や
実家の砂利を踏みしめるバイクの音や
茶の間のテーブルに少し背を丸めて煙草を吸う姿や
親父との思い出のほとんどは
親父が居たからこそ成り立っていて
自分ひとりでは再現することはできなくて
唯一
帰京するときにこの店で昼食をとる決めごとは
決めごと故に再現できる
そう思って味噌ラーメンを食べていたのに
麺が細麺であることに戸惑っている
太麺だったような気がするけれど確証はなくて
店の主人に聞いてみたい
でも聞いてしまうと
親父が亡くなったこと
帰京する日にはいつも食べに来ていたこと
だから今も同じように食べに来ていること
まで口走ってしまいそうで
身の上話を押しつけられても迷惑だろうと
話しかけることができずに
曖昧なまま受け入れるしかない
曝け出せない僕はこうして
思い出を風化させていくのだろうか
それでも思い出の核だけは残ると信じたい
信じたいのだ