Sympathy for the end
木屋 亞万

森林が燃えている
紅葉ではない
揺らめく赤い糸の群れが
木々の頭上を埋め尽くす
繰り返すこれは紅葉ではない
避難できるはずの動物さえ
押し寄せる火の糸に搦めとられ
黒い煙を胸の中に押し込まれている

赤い血潮に洗い出されるようにして
頭髪しか見えていなかった木々たちの痩せこけた身体が
次から次へと露わになる
不完全な骨格は黒々と焼け焦げて光沢を放ち
崩落した枝幹は足元に転がる小鳥の白骨を隠そうとする

大火の波はドミノのように木々を押し倒し
身にまとう木の葉を剥ぎ取っては燃やしていく
涙すら出ぬ木々の声なき声は乱暴な男に蹂躙されながら
黒い煙の群れとなって天へと昇っていく
それは川にさらされた幾人もの哀れな女の長髪のように
大空へとひたすら流れていくのだった

森林が燃えている
人間の住む町に包囲されながら
何とか生き延びてきた地球の原風景が死んでいく
手を取り合うように集まって
生き延びていた最後の大森林が
火に焼かれてしまった夜に
大自然を生きたまま火葬した黒煙が
透明の雨を地上に降らせた
土壌を縛る根は一つも残っていない
ありとあらゆるものは海へと流されていき
粉々になった砂粒と、霧のような水滴だけが
地上を覆うことになるだろう
大陸に足跡を残した動物はすべて動かぬ骨になり
風の吹く音と水滴が地を叩く音だけが
大陸の静寂を引き立てるように響くのだ

海の中に蓄積された全世界の記憶と栄養が
海の雪となって底に降り注ぐ
死のつめたさが身に沁みる光景だった

砂の届かない
北あるいは南の端かも知れぬ氷の世界に
一本の木の枝が氷付けにされていた
もしかしたらそれは女の足だったかもしれない
誰にも見つけられることのない
多種多様な生命の氷付けがありのまま痩せこけて
雪原に白々と埋もれている

血液は凍ると何色になるのか
紅葉した葉は凍ると何色になるのか
あの美しき野獣の心臓はどのように凍り付いているのか
色とりどりの埋没物は散り散りばらばらになって地の底で眠る

海底に沈むあの草食獣の角は原形を留めているだろうか
億千万のガラスの破片は丸い宝石に加工され終わっただろうか
沈没船と化した方舟は魚の住処として活躍しているだろうか
魚?水中の生物は海水温の上昇に耐えられただろうか
そうか、無酸素状態に耐えられずに死んでしまったか
波打ち際の腐った魚の死骸を啄ばむ鳥すらいないのだから
死がいかなる生産にも繋がらない、腐臭が浜辺に漂うだけ
混じりけのない磯の香りを嗅ぐことができるのは
一体いつのことになるのだろう


世界の終わりとかつて地上に暮らした人間が言ったもの
つまるところ世界の終わりは人間の終わりというだけで
(言葉というものが捉えうる)世界の終わりでしかなかった
言葉が潰えてしまうその前に
葉の枯れ果てた世界について
言葉に残しておくことを誰が責められるだろう
世界の終わりを盾にとって
あなたを脅迫しようというわけではないのだ
何か行動を起こせば世界が救えるなどと私は思っていないのだから
そして何より死に絶えていくものを眺め
滅び行く世界を夢想することがこの上なく美的な刺激を与えてくれる
人間のいる世界を保ち続けることなど
私は疾うに諦めている


自由詩 Sympathy for the end Copyright 木屋 亞万 2009-11-14 17:29:33
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