朝のララバイ
umineko

ねえ。ちょっと思ったんだけど。聞いて聞いて。
世界は2種類の人種に分けられるんじゃないかなって思うんだ。意図災害に遭った人たちと自然災害にあった人たち。

自然災害。洪水とか噴火とか、そういった災害に加えて、不可抗力の人災。テロ。列車事故。あるいは病もそうだ。
そういった事故や病によって、自分の大切なものが損なわれてしまうこと。

意図災害。新しい概念です。えへん。人や組織が、特定の意志をもって、意図的にその人の大切なものを奪ってしまうこと。いじめとか左遷とか、家庭の事情で進路を変更しました、とかさ。その重大さは本人にしか決められない、無形の痛み。

私は、ユング心理学をちょっと信じていて、いろいろな判断って、過去に囚われるんじゃないかって思ってる。世界にはいろんな人がいて、社会に希望を見いだす人とそうじゃない人がいるように感じるんだけど、それはその人の過去にさかのぼるんじゃないかって。

そのときに。大きな外力、つまり自然災害により何かを失った人は、社会に対して優しいんじゃないか。意図災害により何かを失った人は、社会を愛しきれないんじゃないか、ってこと。

私は。人が好きですね。そして、人が属する社会が好き。理不尽はいっぱいあるけどさ。

私は。私がとても好きな、人や、風景や、木々や海風が、少しでも長く続きますようにって、願う。

その祈りの守備範囲なんて、たかだか数十年だ。へたすると数年、あるいは数日かもね。でも、それは仕方ない。

祈ることでながらえるなら。私は祈る。そして、深く呼吸して、私は前を向く。広がるのは、未来という深い霧で、確かなものは何もなくても。

あなたが今日も損なわずに。生きていけますように。

少し開いた遮断機の下を。ランドセルが急いでいく。
大人たちは空を見上げて。今日の天気を値踏みする。

大丈夫。大丈夫だよ。

私は。
ずっと信じてる。




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自由詩 朝のララバイ Copyright umineko 2009-10-27 08:55:03
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