魔法
木屋 亞万

300年前の人に会う方法を知っているか?
彼は会うなりそう聞いてきた
風が窓枠を激しく揺らす
囚人が興奮を抑えられないように
(笑う、
300年前のやつらに会う方法だ、知らないのか?(また笑う
じゃあ女の裸を見る方法は?(いやらしく、にやつく
金で脱ぐような安い女じゃないさ?(目が細くなる
言っとくがこれはなぞなぞだ、SFの話じゃない、(鼻が笑いを吹き出す
窓ガラスは一際強く押される
木の葉が風に落ちてゆく

美術館、絵の前で彼は乳房を眺めていた
この乳の影はこの画家にしかかけなかったろう、(酔った薄ら笑い
彼はこの乳首を舐めただろうか、(俯きにやけて
どちらにせよ舐めるように眺めて描いているのだから、(鼻をともなって笑い
舐めたも同じ、(背後へと引く笑い声
平面に生き物を写しこむ魔術には、(目だけは笑わない
さりげない狂気と固執と冷静さが必要だ、(本能が笑う

人生の300年をカエルで過ごし500年生きるのと
日々老いていきながら80年生きるならどちらがいい?(唇だけが持ち上がる笑み
背後の老夫婦は顔を見合わせた
俺は人として80年生きたあと、絵の中で500年は生きたいと思う
(目が輝いて、頬が膨らみを持って笑う

「このままあと200年なんて考えられない」と不意に絵の中の女が言う
彼にはその声が聞こえない、
不自然にドレスから乳を出した女は傲慢な顔で不満を呟き続ける
「私は運がないわ、いい画家にめぐり合えなかった、いいえ、画家を選ぶ目が悪かったのよ」
彼は女の背景に見とれて女の口元が動いていることに気付かない
「魔法にかかりたいからと言って、魔法使いなら誰でもいいわけじゃないわ、そうでしょ?」
金持ちと結婚したいからって、誰でもいいわけじゃないのと同じねと私は呟いた

彼は私の呟きを小鳥のさえずりと間違えたような顔で
少なくとも300年は生きられる方法を知っているか?と聞いてきた、(高慢な笑みで
これからずっと俺のモデルになってくれ、君に魔法をかけたいんだ、(媚びる目とほくそ笑む口
私は絵の中の女の目をずっと見つめる、白く柔らかな乳房と褐色の乳首は微動だにしない
女は何も言わないまま、ただ微笑んだ
美術館中のすべての絵がそのときだけは微笑んでいた
私だけが気付くように、さりげなく微笑んでいたのだ


自由詩 魔法 Copyright 木屋 亞万 2009-10-12 01:02:22
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