「名」馬列伝(8) ローズバド
角田寿星

彼女の母親の大ファンだった。
ひと昔前の古めかしいヨーロッパ血統、シンプルな馬名、華奢な馬体。
それでいて直線では鋭い末脚で突っ込んできては、強いライバルたちに引けを取らなかった。
善戦まではいくがあと一、二歩届かないところも胸を締め付けられた。

その娘が母譲りの、いや母を上回る末脚を武器に、さらなるドラマを演じることになる。

桜花賞TR、フィリーズレビュー。最後の直線で、ロバみたいに小っこいのが大外からすっ飛んできて差し切った。青毛の馬体はさながら、しずかに突き進む瀟洒な軽自動車のようだった。豪脚や鬼脚とはかけ離れた、それこそ母を思い出すような、切れ味抜群でありながら、どこか儚げな末脚。彼女だった。
この重賞勝ちで一躍桜花賞戦線の有力馬として躍り出た彼女だったが、母と同じく熱発で、桜花賞は無念の回避。
復帰初戦のオークスTR、フローラSでは最後方から最速の上がりをたたき出し、3着に入る。

そしてオークス。府中の長い直線と脚質との相性が評価されて、彼女は4番人気。道中、彼女は最後尾グループの中を進み、4角10番手からゴーサインを掛ける。粘るテイエムオーシャンを競り落として一時は先頭に立つも、坂を越えたあたりでさらに後方から仕掛けを遅らせたレディパステルが襲いかかり、首差だけ差されたところで、ゴール。
早仕掛けとかそういうものではなく、彼女の実力は出し切っているだろう。坂を越えてからも3着馬との差は広がっているのだから。勝ち馬の仕掛けが見事にハマったと言うべきだろうと思う。

休養を挟んだ秋のクラシック初戦、ローズS。1番人気に推された彼女は、上がり最速ながら、前が止まらずに2着。まことに追い込み馬らしい「取りこぼし」だった。
秋華賞。彼女はオークス馬を抑えて2番人気。スタートでいきなり出遅れる。道中は内に寄り、最後方からじわじわと押し上げ、なんと他馬より1秒近くも速い上がりで追い込んでいく。無情にも、勝ち馬に4分の3馬身まで詰め寄ったところで、ゴール。1着テイエムオーシャン、3着レディパステルと、オークスの1〜3着馬が上位を占めた。「出遅れなきゃ…」「前が詰まる不利がなければ…」は、追い込み馬には常套句である。

続くエリザベス女王杯は名勝負と言って過言ではないだろう。2番人気の彼女は、もはや定位置となった最後方を追走。ヤマカツスズランが1000m58秒のハイペースで引っ張り、直線に向ってからは、先行のテイエムオーシャン、中段から伸びてきたティコティコタック、レディパステル、トゥザビクトリーの4頭が横一線となって、叩き合う。
そして、残り1ハロンを切ったあたりから、大外からとんでもない勢いで、彼女が追い込んでくる。一完歩ごとに差を詰めていき、4頭をまとめて差し切ろうとする。勝ち馬に並びかけようかというところで、ゴール。5着までハナ、ハナ、クビ、クビ差の激戦。彼女はG1を3戦連続2着という成績を残し、そのシーズンを終えた。

古馬になってからの彼女は、相変わらず鋭い末脚を繰り出すものの、よくて3着。不発も目立つようになった。
久しぶりの、そして最後の勝利は、マーメイドS。鞍上は久しぶりの、ともにG1クラシック戦線を闘った、横山典弘。苦手なはずの重馬場で、いつもより少し早仕掛け気味に、先行馬に並びかけていく。
一頭だけ脚色が違った。粘るテイエムオーシャンを苦もなく交わし、どんどん差を広げていく。快勝だった。実に2年4か月ぶりの美酒であった。

横山典騎手は今年、めでたくダービージョッキーとなった。筆者は買ってもいないのに思わず直線で「そのまま、そのまま」と叫んでいた。彼もまた、悔しいG1の2着が多い騎手である。彼のダービー勝利を素直に喜ぶと同時に、ツルマルボーイ(乗替わって安田記念を勝ったが)や、彼女のことを、ふと思い出した。


ローズバド
父 サンデーサイレンス 母 ロゼカラー
26戦3勝 フィリーズレビュー(G2)マーメイドS(G3)
優駿牝馬2着、秋華賞2着、エリザベス女王杯2着(G1)



散文(批評随筆小説等) 「名」馬列伝(8) ローズバド Copyright 角田寿星 2009-08-22 22:42:14
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