人ごみという言葉が嫌いだった
木屋 亞万

お盆は先祖が帰ってくる
帰ってきた先祖を迎えにいくために
人々は故郷へと帰る
だからライオンさんのマンションにはいま誰もいない

15日の早朝
国道に車は一台もなく
横断歩道の真ん中でナルコレプシーの発作がきても
不意に幽体離脱してしまっても
馬鹿野郎どこ見ていやがんだとは言われない

誰もいないマンションでは部屋でブレイクダンスを踊っても
あるいはレッグウォーマーをつけてフラッシュダンスを踊ったって
複数の入居者から苦情が入ったという大家からの通報を受けることはない
大家は今頃アフリカでカバとあくびを交わしている頃だろう

この町出身のものは誰もいない
ここにはお盆に誰も帰ってこない
霊魂さえ訪れない場所だ
魚類が産卵しに帰ってくるかもしれない川には
散乱したゴミの腐卵臭だけが漂っている

あまりにやることがないので
橋の欄干に首吊り用の縄を5つぶらさげた
いつでも誰でもここで死ねるように
そしたら翌年の盆にはこの橋に帰ってくる人がいる

クロネコの運送会社は無人のまま
シャッターも降りていないし電気も消えていない
肉屋のディスプレイにはぎっしり肉が並んでいるが
店主の姿はなく、肉の説明書きすらない

太陽が天頂に達しても蝉の鳴く声がしない
公園には鳩すらいない、電線に雀が鳴くこともない
水辺に行っても蚊の一匹すら見ることができない
アスファルトが陽光を照り返して肌をひりつかせるだけだ

16日になればすべて元通りになるはずだ
二日酔いの顔で親父は電車に乗り
憂鬱な休み明けの顔をしたOLが化粧をする
不機嫌そうな大学生は耳から蝉のような音を零して
小学生はボックス席を占拠して携帯ゲーム機で通信しあう

誰も帰ってくると約束しなかったけれど
嫌になるくらい無情で陰鬱な日々だったけれど
みんなUターンしてきてくれると信じている

人の消えた街で今も
ずっと誰かを探している


自由詩 人ごみという言葉が嫌いだった Copyright 木屋 亞万 2009-08-17 04:00:38
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