糸の仕事
エズミ

 刺繍がいい。輪郭を隈取ってから、鎖のような針目を重ねて面を埋めてゆく。糸の光沢は緻密で重く、かさぶたのように薄く盛りあがる。色彩の濃淡を綾目に託す刺しかたではない。絵模様のひと色いちまい毎、面と面を衝きあわせて、かたどる。
 面を埋めるための刺し子の針先には、見えない粒のついた軌跡が伸びているように思え、ひとつひとつ取り零さぬように掬いあげて進む。
 刺繍糸は六本縒りで、そのうち三本抜いて使う太さが、ちょうどいい。運針を重ねるうちに捩れてくる。かまわず進めると、くるくる絡まりつき、捻じれた結節の塊になる。ひとふで書きの瘤のはずだから、辛抱強く針を当て、核を探り解せば、再び糸は何事もなかったように布の裏側へ吸いこまれてゆく。
 形を作るのに時間をかけたい。なるべく長く事に当たっていたいが、完成を早く見たいと急く気持ちもある。痛痒い思いで、芥子粒の糸目を並べてゆく。


散文(批評随筆小説等) 糸の仕事 Copyright エズミ 2004-09-07 21:43:05
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