海の家
たもつ

 
氷、と書かれた布製のものが
海からの風にそよいでいる
大盛の焼きそばは皿いっぱいに広がり
けれどできる限りの表面張力によって
その外形を保っている
去勢されたばかりの犬が
日陰で餌の残りを食べている間
一番奥の畳席の上に
僕の溺死体はあった
初めて海に来た娘は
砂がたくさんあるのね
とたいそう喜び砂遊びをしている
思いおこせばせいぜい砂場か、そうでなければ
砂の無いようなところにしか
連れて行ってあげたことはなかった
僕の唇の端からコポコポと
海水とともに吐き出される言葉を
娘はプラスチックのシャベルで上手にすくって
楽しそうに埋めていたけれど
やがて満潮が近づき砂浜が少なくなると
もう帰ろう、いっしょに帰ろう
と駄々をこねた
そうだね、そろそろ帰ろう
硬直の始まった腕で抱きしめると
人はやはり柔らかくて温かい
生きているうちに何度
生きていることに感謝することができただろう
娘の鼓動が波のように伝わってくる
心臓の音みたいだね
娘は胸に顔をうずめ
僕の身体の中に寄せては返す
波の音を聞いている
 
 


自由詩 海の家 Copyright たもつ 2009-08-01 00:08:17
notebook Home 戻る