輪郭
木屋 亞万

女は死してなお美しくありたかった
最も耐えられなかったのが遺体発見現場の女を縁取る白い輪郭だった
そんなまぬけな標識のようなシルエットで、女の身体を縁取るということは
死んだ女にとって許しがたい屈辱だった

女はすぐに恋人の夢枕に立ち、
白熊の着ぐるみを幼児が描いたようなのっぺりとした輪郭で
自分の最期の姿が描かれていることに不満をこぼした

女の恋人は現場に赴き、その縁取りの乱雑さに愕然とした
縄跳びの紐で彼が人間をかたどったとしても、
もう少し身体のラインを再現できただろう

男は白いチョークを用いて女の死体を再現していくことにした
彼が最後に見た彼女の肢体を元に、身体のラインを描きなおした
しかしそれでも輪郭だけでは彼女の美しさがぼやけてしまう

男は彼女の体の膨らみ、とりわけ乳房と尻の豊かさを描き出そうとした
彼女の身体の細部の美しさを、等身大のひとつの輪郭の中で表現しきった
冷静に観察するとそれは奇矯な仕上がりとなってしまっていた

見えない部分を点線で表現した立方体の図のように
彼女の体の
尻と性器、すねとふくらはぎ、恥骨と尾てい骨
乳房と背骨のライン、うなじと鎖骨、あばら骨と肩甲骨
耳とほつれ毛、かかととつまさき、手の平と手の甲、が
それぞれ同じ場所に少しずつ身を寄せ合って描かれている不思議な図となった

男はかねてからピカソの絵が好きだったので
自分の描いたものが、尊敬する絵の近くまで来ているように思えて喜んだ
最後に腰骨のでっぱりの脇にヘソをぐりぐりと描いて、チョークを置いた
そして警察がしたのと同じようにポラロイドで遺体現場を撮影した

その写真は男の最初の芸術作品として世に発表されることとなった

それ以後、男は一貫して死体の肢体をその輪郭の中に再現し続けた
その描き方が肢体を立体的に描くのではなく、
奥行きを持って、地中に埋めていくように描き込まれていくことから
彼は死体埋葬画家と呼ばれるようになった

男は今日もチョークを握りしめ
死んだ女の不満に耳を傾けては、事件現場を転々としている


自由詩 輪郭 Copyright 木屋 亞万 2009-07-30 02:30:11
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