「名」馬列伝(7) アサヒエンペラー
角田寿星

日本ダービー。有力馬の一角を担っていた彼に跨っていたのは、デビュー3年目にして弱冠20歳、ダービー初騎乗の中舘騎手だった。
返し馬を終えてスタート地点に戻ってきた中舘は、慌てて担当厩務員に告げる。
「佐川さん、大変だよ、大変だよ、跛行してるよ…」
美浦でも腕利きで通っている佐川厩務員が答える。
「ビビるな、跛行なんかいま始まったことじゃないだろうが…落ち着け」

大型馬特有の慢性の脚部不安に、悩まされ続けていた。
重度のソエがどんどん悪化し、ダービーの時にはすでに重度の繋靭帯炎に侵されていた。
デビュー以来、まともな脚の状態で出走できたことは、一度もなかったという。
佐川厩務員の努力と執念で、なんとか脚を持たせて使っていた。

期待の一頭であった。未勝利、条件戦を連勝し、クラシック戦線に名乗りをあげる。
迎えた弥生賞では、2歳チャンピオンのダイシンフブキら重賞実績馬をおさえ、1番人気。
ところが、痛恨の出遅れ。3角から早めのまくりを入れるも前を捉えられず4着。
皐月賞。1000m60.2秒とやや速いペースのなか、好位を追走。
脚を溜めていたダイナコスモス、フレッシュボイスが直線を抜け出し、6馬身離されての3着。
NHK杯。中段からの差しを図るも、前には届かず後ろから差されるの最悪の結果で3着。

この段になって周囲からは中舘騎手に対するバッシングが激しくなる。
なぜあんな若造を乗せるんだ、もっと巧い騎手を乗せろ。
だが、師匠でもある加藤修甫調教師は、中舘を庇いつづけ、続投を決意した。
弟子の成長を促す目論見もあっただろう。
しかも、当時のフィルムを観るかぎりでは、中舘騎手に明らかな乗り間違いはないのである。
弥生賞以外のスタートは問題なし。道中もスムースに上がっていけてる。
キレる脚がないうえに脚元が弱く、強く追えないから、早めに仕掛ける。
スタミナは抜群なので、長いスパートに期待する。事実直線は伸びてるし、すべて理にかなっている。
だが、それでも負けるのが競馬。勝ったやつが巧く乗って、負けたやつは下手くそ。
当時の中舘騎手に対する評価は、そんな感じだった。

そして、日本ダービー。彼と中舘は、いつもよりスタートよく好位置につけることに成功。
3、4角で外に持ち出し、直線の入り口では先頭に立つ。積極策だ。
内のほぼ同じ位置に、大流星でお馴染みのダイナガリバーがいた。内と外、離れての叩き合いに負ける。3着。

その後。蛯沢騎手に乗り替わり、秋緒戦のセントライト記念を2着し、本番の菊花賞は脚部不安で回避。

翌年。復帰戦の条件戦、鞍上は再び中舘騎手。天皇賞に出走するため、勝って賞金加算が絶対に必要であった。
が。好位から前を捉えられず、まさかの2着。
また勝てなかった。レース直後の中舘騎手は顔面蒼白だったという。
「競馬は結果がすべて」。中舘騎手は「当然の」降板。
しばらく自厩舎の有力馬には乗せてもらえなかった。

その1ヵ月後。なんとか出走できた春の天皇賞、このレースが彼にとって最大かつ最後のチャンスであった。鞍上は蛯沢騎手。
脚元は相変わらず悪く、この頃にはすでに屈腱炎を発症していた。
道中、中段より少し前、歴史的名馬シンザンの最高傑作と言われた1歳上の二冠馬、ミホシンザンをぴたりとマーク。
ミホシンザンのエンジンのかかりが悪いと見るや、外から徐々に上がっていき、関西の大将格であったニシノライデンの後ろにつける。
そしてスパート。いつになく伸び脚がいい。
内に持ち出したミホシンザン、前を行くニシノライデン、そして彼の三つ巴の決戦となる。
外からなおも並びかけようとするその時、ニシノライデンが彼の邪魔をするように大きく外に斜行する。
騎手が立ち上がるほどの不利に、これ以上の脚は残されてなかった。
ニシノライデンは失格。彼は繰り上がりの口惜しい2着。
きっちり追えていても、差していたかどうかは分からないが、ツキもなかった。
そして復活はかなわなかった。1年後の天皇賞を13着。引退。

以下は、天皇賞勝ち馬ミホシンザンの鞍上だった柴田政人騎手のオフレコ。
ミホシンザンと彼とは、恰好も勝負服もよく似ていた。
ニシノライデンに乗っていた田原騎手は、彼が外からやって来た時、ミホシンザンと勘違いしたんじゃないか、と。
後ろにいたミホシンザンは、二頭が必要以上に外に膨れたので、咄嗟に内に入って、それでハナ差だけ勝てた、という話。
まあ田原騎手はその件に関しては絶対に話さないだろうから、真相は闇のなか、である。


アサヒエンペラー   1983.4.3生 (97年種牡馬引退、乗馬、功労馬施設)
           11戦2勝
           天皇賞(春)2着、東京優駿3着、皐月賞3着、
           セントライト記念2着、NHK杯3着


散文(批評随筆小説等) 「名」馬列伝(7) アサヒエンペラー Copyright 角田寿星 2009-07-18 02:14:48
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