夏のゆかた (Hiroshima)
月乃助

もう着るものかどうか、わからないけれど
さらさら、木綿の肌に触れる

待ちうける その時の
今 やってきた季節のさかりに
たくさんの声がする
行こうか/行ってきます/行くよ/さあ
いってらっしゃい/気をつけて/ああ

白いゆかたを着て お祭りにいくように
旅たつ 
歴史は いつもあとから追いかけてくるだけ
でも、その先頭を歩く わたしたち

朝顔は、むすめに
赤い芥子はわたしが、夫は無地の白
数えるほどしか 袖を通すこともなかった

― 大本営発表 
 新型爆弾ハ、恐レルニ足ラズ。
 白イ物ヲ身ニマトウコト。火傷ニハ、油ヲ
 ヌルヨウニ。

鳥よりも 自由に空を翔ける
ちかづいてくる
美しい銀のつばさ は、白い尾を引いて雲を作る
ざんにんさの みじんもないそれが、
もたらす そのために
わたしは、娘に赤い帯をしめる
それが 次の世でも目印になるよう
夫の手をしっかりと 指の
いたいほど、ちぎれるほどに、
くるったように
握り締める

声を出さず
木々も時を待ち
鳥達も鳴き終わった夏の日の
楽しさだけが 心をうずめて それだけが
庭を歩き始める 

遠くに聞こえ始めた
命の音
それは、十四万の 人間の命の対価
ただ、あることなど、くることなど
だれも 思っていなかった
悲しみなど 辛酸を 
十分に知り尽くしたと安堵していた 朝

― 五人組集合
 四十九番、ソノ竹ヤリデ鬼畜ヲ、コロセ
 ヨイカ、国体ノタメニオマエノ命ナド、命ナド
 天皇陛下万歳、万歳、

庭に光がやってき始める
もう、もう少し
わたしは、ひくことのなかった紅を
木の影に映し
振り返る
夫の笑い顔と、少しはにかみ 知らぬ女に
驚くむすめがおかしくなって しまう

過去の町からの いざない
それを 思うのでも、思い出すでもない
八月六日の朝
遠くに、小さく
エノラ・ゲイの光る胴体が見え始めた
もうすぐ
リトル・ボーイがやってくる

わたしは、すっかり すべてを終えて
三人で庭で待つ 朝の気持ちのよい 
刻み込まれた
手遅れになった そのときを
臨界値を越えた原始の叫びに
わたしの、わたしたちの
すべてを原子に核分裂する 光の
業火を この身にするため
忘れてなど やるものかと 
ぜったいに そう思いながら、
いつもと 少しも変わらぬ
空の一点の銀色が
小さな子を 産み落とすのを
歯をくいしばって
見つめていた



自由詩 夏のゆかた (Hiroshima) Copyright 月乃助 2009-07-15 09:29:14
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