真空にかすり傷
木屋 亞万

見えない銃の見えない銃弾は
知らないうちに知らない人を撃ち続ける
見えない銃に撃たれたことのない人などほとんどいない
誰しもが一度は撃たれ、そのことに気付かず平然と過ごしている
見えない銃弾は肌を傷つけない、ただ年を取らせるだけなのだ

誰もが空から降り注ぐ弾に撃たれ
地面から撃ちあがる弾に撃たれ
正面から流れ来る弾の群れに撃たれ
背後から撃ちぬけていく弾にさらされている
しかし何も恐れることはない

それらは痛くも痒くもない
少し寂しくなるだけで
少し大人になるだけだ
少しずつ死に近づいていく、
薄い毒みたいなものなのだ
薬と毒は紙一重、だから恐れることはない

ごく稀に銃弾をすり抜けられる人がいる
その人は年齢が表に現れない
やがては死にゆくけれど、老けてゆかない
生まれたとき、真空にガリリと小さなかすり傷をつけて
その中に生れ落ちる

住む世界も、吸う空気も違う
宇宙が小さな傷跡を癒す間、宇宙にとっては一瞬である一生の中で
その人は美しく生き、嘘のように死んでゆくのだ

誰にも守られず、誰も守れず、真空はその人を隔てる。深く、遠く
月と地球の狭間にいるような、そんな別世界の住人の顔をして
その人はそっと太陽を食らうフリをする

ゆっくりと月の方へ歩いていきながら
その人は塞がっていく傷口を愛しそうに眺めていた
たぶん宇宙もかさぶたの中にいるその人が気になって仕方なかったことだろう


自由詩 真空にかすり傷 Copyright 木屋 亞万 2009-07-15 00:53:58
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