非在の虹

山で私は王だった
空腹であれば栃の実も胡桃もたらふく食い
腹が満たされれば落葉松の林をそぞろに歩き
潅木の寝台で眠りをむさぼった
ときに山腹に出ると
谷を挟んでむこうに山稜はうねうねと続き
針葉樹はあくまでも濃くあおく
広葉樹は鮮やかに紅葉した
私は一帯の生き物と岩の形を正しく識り
ここにおいて空はのびやかに晴れ渡った

黄金に満ちた生活とは脆いものなのだろうか
未知の臭いを嗅いで訝しく思った私は
いつもは通らぬ渓流に向かったのだった
その時からすべては変わってしまった

私は人間の手によって檻に閉じ込められたのだ
今やうつらうつらと夢のない眠りを眠り
身体からは汚れた臭いが漂っては来るが
甘やかな怠惰が体中を覆っている
うすら汚い人間が菓子を投げてよこせば
よだれとお辞儀の毎日だ
王と奴隷とは何の謂いか
そんなことも、もう考えたくない事なのだ


自由詩Copyright 非在の虹 2009-07-08 17:35:20
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