「名」馬列伝(5) ドルフィンボーイ
角田寿星

どこにすっ飛んでいくか判らないような気っぷのいい逃げが、彼の持ち味だった。
気性難と慢性の蹄の疾患のため、デビューは2歳の冬だった。3歳クラシックには何とか間に合い、羽田盃14着、東京ダービーは落鉄もあって10着と逃げつぶれたが、それもまた彼の持ち味だった。信用はなかったが、人気はあった。

脚元がパンとして、3歳の秋にようやく彼本来の力を発揮した。戸塚記念では太め残りながら、東京ダービー馬カネショウゴールドと、7戦7勝の上がり馬アマゾンオペラを完封。
続く東京王冠賞では、やはりハナを奪われることなく、アマゾンオペラと、世代ナンバー1の呼び声も高かった羽田盃馬スペクタクルを、それぞれ2馬身、6馬身と千切り捨てた。
その後であるが、スペクタクルは中央に転厩するも思うような戦績があげられず、南関に戻って2年2ヶ月ぶりに重賞を勝った。アマゾンオペラは地方在籍のまま中央馬たちと全国の競馬場で激闘を繰り広げ、常に惜敗し続けた。

そして3歳の年末、東京大賞典。交流レースになるのは来年からで、距離もD2800mだった。
1番人気。現在の同レースから考えると、メンバーの手薄感は否めない。古馬のサクラハイスピードがアラブのトチノミネフジに負けてしまう時代だった。彗星のように現れた真のエース、ツキノイチバンは、2ヶ月前の重賞で無念の死を遂げていた。
それにしても彼のレース内容が圧巻だった。スタート後、いつものように大逃げ。10馬身、15馬身と後続を引き離していく。
2周めの向こう正面で手応えがあやしくなり、ペースダウン。古馬たちに並びかけられそうになる。距離がもたなかったのか、誰もが思った。
その直後、二の脚を使って、再び後続を突き放しにかかる。そして1馬身半差、競り掛けられることなく、ゴールイン。東京大賞典、14年ぶりの逃げきり勝ち。
この3連勝で彼は、世代ナンバー1の座と、来年の中央挑戦のチケットを、この手に掴んだ。

さて。「気性難」と一言でまとめてしまった。彼のことを書こうと思うにあたり、資料を集めてみたら、信じられないようなエピソードの数々がこれでもかと記されていた。
まず彼は中央でデビューするはずだった。2歳春、実際に美浦に入厩している。ところが人を振り落としてばかりで、ケガ人をふたり出すにあたって、わずか2週間で登録抹消されたこと。
牧場に戻されても馴致がまったくできず、川崎の厩舎に引き取られる時は、去勢される直前であったこと。
引き取られても厩舎に直行できず、近くの乗馬クラブで、厩務員との命がけの馴致が繰り広げられたこと。
入厩してからも気性の激しさは治まらず、彼が調教に現れると、調教していた他馬はとばっちりを怖れて、調教場から引き揚げてしまう、ということ。
暴走して厩務員を乗せたまま車道に逸走、通りがかった大型トラックの前で横転し柵に激突、九死に一生を得たこと。
ゲート練習で、十人がかりでゲートに押し込んだら暴れて、ゲートごとぶち壊して飛び出してきたこと、などなど…
いや、畏れ入った。よくまあこんな馬を、諦めずにデビューまで持っていけたものだ、と思う。関係者の苦労と執念が偲ばれる。

明けて4歳。彼には産経大坂杯から天皇賞への挑戦、のプランが組まれていたという。しかし右前副管骨骨折。長い休養期間に入る。
こうなると激しすぎる気性は、デメリットにしかならない。受入先がないため、休養も、引退さえもままならない。大手術の後、広島の装蹄師の元での治療。復帰に2年もの歳月を費やす。

復帰戦は、5歳冬の浦和記念だった。交流重賞のこのレースは、9頭立てながら、超豪華メンバーが揃った。
圧勝を続ける砂の女王ホクトベガ、彼女をもう少しまで追い詰めた歴戦のステイヤー、キョウトシチー、昨年のあっと驚く東京大賞典馬アドマイヤボサツ、転厩初戦となるジャパンC勝ち馬マーベラスクラウン、羽田盃馬ヒカリルーファスに東京ダービー馬プレザント、そして昔のライバルだったアマゾンオペラと、多士済々。
彼自身のレースは、あっけなかった。スタートで躓き、骨折、競争中止。予後不良となる。

彼がもし無事に競争生活を送れたとして、どのような結果を出したであろうか。芝適性は未知数であるし、血統的にもスタミナの勝った血脈ではなく、中央の壁は厚かったかもしれない。
(ちなみにこの年の大坂杯勝ち馬はインターマイウェイ、天皇賞はライスシャワー)
ただ、これだけは想像がつく。気性的にハナを奪うしかなかった彼が、そのあり余るパワーとスピードで、半ば無理矢理手綱をしごきながら、向う正面、単騎で駆けていくその姿は。
そのまま逃げ切るか、捕まってしまうか。その後の姿は、各々の想像に任されるのみである。


ドルフィンボーイ  1991.2.19生 1996.12.4死亡
          12戦7勝1競争中止  
          主な勝鞍  東京大賞典 東京王冠賞 戸塚記念


散文(批評随筆小説等) 「名」馬列伝(5) ドルフィンボーイ Copyright 角田寿星 2009-07-07 23:44:55
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