面接(18)
虹村 凌

 別に、行くあてなんて無い。何処に行こうかなんて、考えてもいない。会社は辞める気だけれど、今後どうしよう、何て事は考えていない。取りあえず、セブンスターに火をつける。よく覚えていないけど、あの女が住んでる駅に行ってみようかな、と思った。確か、中央線沿線で、駅名は…行けば思い出せるかな。乾いた笑いが込み上げてくる。どうせ、行っても無駄だと思うけど。通り過ぎる人が、迷惑そうにこちらを見ているので、襲い掛かる素振りを見せたら、慌てて逃げていった。だったら、喧嘩売るようなマネしなきゃいいのに、と思った。

 電車を乗り継いで、それらしき駅についた。中途半端な駅だな、と笑う。以前、ホームから見えるとか聞いてたのを思い出して、駅を出てから、そこらへんの家の表札を見て回った。すぐにそれらしき表札の下がった家を見つけて、ためらいなくインターホンを押した。しばらくして、あの女によく似た声の女が出てきた。俺は何を考える訳でもなく、自分の身分を明かしてから、女を呼んでもらうように頼んだ。
「あの…」
「いない?」
「いえ…」
「どうしたの?」
「お姉ちゃんは、5年前に…」
 死んでいた。そんな事は知っている。随分、昔の事の様に思える。女の骨が何処に埋まっているのか聞き出してから、俺はその家を離れた。

 女の眠っている霊園は、そこから少し離れた場所にある静かな霊園だった。確か、俺の祖父もここに眠っている気がする。ただ、莫大な借金に塗れて、墓も立てられずに、集合墓地のどこかに眠っている。
 それに対して、女は端の方の一区画に、きちんと眠っている。随分、久し振りな気がした。事務所の前でマルボロライトを買って、桶に水を汲み、再び女の墓石の前に立った。マルボロライトを口に咥え、火をつけえから、女の墓石に水をかけて、表面を少し磨いた。マルボロライトを線香立てに備えて、俺はセブンスターに火をつけた。吸い終わるまで、しばらくじっと墓石を見つめていた。水に反射した光がキラキラと輝いている。
 そろそろ出ようかと、俺はセブンスターをマルボロライトの隣に刺して、俺はその区画を出ようとした。その瞬間、何かに後ろ髪を引かれるような感覚に陥った。ただ単純に、濡れた石で足を滑らせたのかも知れない。とにかく俺は、ひっくり返って、後頭部を激しく打ち付けた。頭の裏で、何かヌルヌルするものが首筋に伝わっていくのがわかる。あまりよくない事だと思うけれど、体が動かない。あぁ、俺、まずいな。女の墓石の方に手を伸ばす。なぁ、俺、これって不味いよな。そう言おうと思っても、声が出ない。視界がどんどん暗くなっていく。俺が不安そうに顔を覗き込んでいる。そんな顔するなよ、やばいけど、多分大丈夫だって。だから、そんな顔するなよ。
 色々な声が聞こえてくる。頭がガンガンする。吐き気もする。回りに、誰かいる気がする。頭の中の声と、外の音が入り乱れて、何が何だかちっともわからない。気持ち悪い。頭が痛い。視界がどんどん暗くなる。

 会社のオフィスに、警察から電話がかかってきた、と彼女は電話を廻された。オフィスの中で働く人間が、興味深げな視線をチラチラと送ってくる。電話を手に取り、相手の警察官から詳しい状況を聞いた。彼の家が火事になった事、彼の死体が、霊園で見つかった事、そこは数年前に死んだ恋人の墓石の前であった事、財布の中から、小さなメモの様な遺書があり、それを元に連絡したこと、確認に来て欲しい、との事等を矢継ぎ早に告げられた。よく理解できない言葉が、彼女の脳内を這いずり回った。警察官が最後に何かを言って、電話を切ったが、正直、何を言っていたか覚えていない。彼女は受話器を置いて、呟いた。
「なにそれ」


散文(批評随筆小説等) 面接(18) Copyright 虹村 凌 2009-06-26 11:12:28
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