まろやかな喪失
A道化

 あの夜、何故窓を開けたのかわからない。
 雨が降っているかを知る為かしら。蛙が鳴いているかを知る為かしら。
 それとも、可愛い可愛い風鈴たちを確かめる為?

 酔っていた。

 とにかく、私はその夜、自室の南側、生成りのレースのカーテンを捲り上げる、と、風鈴たちの一つ、竹製のものがカーテンの動きによってコンコンコン…と鳴る。カーテンの向こうの磨り硝子の窓を左へ押しやってさらに網戸も左へやる。すると、埃っぽい簾があって、その上部に、お気に入りの風鈴が絡まっているのに気が付き、
 …解かなくちゃ、
 と。

 揺れる、複数の銀色の金属棒、音の鳴るその部分から、丸やら四角やらにカットされた鏡が垂れている。鏡。それが、風を受ける部分だ。
 ふわ、と、風の吹くお昼、それが揺れたら、繊細な金属の高音とその鏡の反射光が散らばって部屋の内膜に優しく刺さって、室内はまるでそっとかき回されている氷水の入ったグラスの中みたいにキラキラ、キラキラ、と冷えるのだ。…冷えたものだった。が。

 解かなくちゃ、と、その絡まりを指で解こうとしたら、触れただけなのに、する、と簡単に解けて落下して、あっと言う間に、一度屋根で鳴った後、庭の方へ落ちて音が散らばった。
 酔うと色々なことが鋭敏なようでいて実は鈍く、鈍く、悲しい出来事も大変まろやかだ。私はただ、あーあ。と、溜息吐きながら見おろした。
 ただ、あーあ。と思いながら、しばらくの間、見えぬ風鈴を見おろしていた。




散文(批評随筆小説等) まろやかな喪失 Copyright A道化 2009-06-17 11:00:14
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