春の終わり
伊月りさ

扉が
壁になった
観音開きの合わせ目には一ミリの窪みもなく
錠前も、蝶番もなく
光も、ざわめきも、向こう側の気配はなく
ひた駆けてきたあなたの
汗と、一千万秒が
消散した その静寂で
わたしは本を読んでいた
あれは春の終わり

   同じものを食べて
   同じ布団で眠る
   時をどれだけ重ねても
   同じものを見て
   同じ言葉を話す
   時の意図は同じでない

物語のなかの
アレキサンドライトはわたしでした
計算された変色
きれい、
 きれい、
    きれい、
    きれい、

   くるしい、
 
言葉にしなければならない苦しみ
それは
断絶のはじまり
この目が追う一文字、一文字が
その脳神経を鋭く泳ぎ
あなたの頭をしめつける
閉ざされた部屋でゆっくりと
わたしの歩みを裁いていく

こうして日常に耽っているあいだに
撃ち抜かれているのはきみかもしれない
と、かけらでも去来したなら
終わらなかっただろう、
はじまらなかっただろう
それでも
その虚脱をやわらかく
抱きしめてあげたかった

かなしみの
たのしさの
三角座りのお尻の裏で
開いた向こうに落下した
あれは春の終わり
底で破砕されるまで
切りつけながら抱き合うと誓った
わたしたちのはじまり


自由詩 春の終わり Copyright 伊月りさ 2009-06-09 12:34:35
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