わたしの家は 田んぼの田の字の真ん中にたっていて 画家が住んでいます
誰も彼の姿をみたことはないのですが 彼は確かにいるのです
どの故郷にも どの町にも どの家にも 彼は必ずいるのです
冬、
画家のパレットは白一色です
彼が守るのは
銀色にとがった大気をくるむ
真綿の雪の子守唄
こんこん こんこ
こんこん こんこ
そして彼もまた眠れる子供のひとり
雪は母に
母は子供に
子供は土に
土は夢に笑うのです
風雪の町で血潮のあたたかさは命そのもの
夢の最下層で描かれる彼の絵は
氷刃のエネルギーを命へ溶かし
萌芽の温度を春へと廻らせる心臓なのです
春、
画家のパレットからは水がわきでています
彼が恋するのは
水鏡にうつるもう一つの空で
あくびをかみころす天女の夕暮れ
れんれん れんれん
れんれん れんれん
そして彼もまた魂を乞うかたわれの蝶
すずらん
たんぽぽ
ほら、つつじ
香りのうえをわたるのは カッコウたちの鳴き声
あぜ道に咲く 赤爪草の花芯で描かれる彼の絵は
夕日に染まる肌と肌を 幾度もかさねうみだした
緋色にもえる性器を長針として
北国の短い春の終焉と 夏の誕生を大地へと刻む日時計なのです
夏、
画家のパレットにはみどりが生い茂っています
彼が願うのは
日が昇り沈むまで
額に汗して精一杯 今日を生きる人々の背中にふく風と
我が子らの声にやどる光のあかるさ
さらさら さらら
さら さらら
そして彼もまた童心にかえる父親のひとり
セミの翅
銀やんまの眼鏡
朝露の蜘蛛の巣
若草色の稲穂の海は おさなごころをはぐくみ
道端の珠玉であふれるほどふくらんだ 胸ポケットで描かれる彼の絵は
緑のグラデーションの空をとぶ赤トンボの群れと一緒に
平行飛行する自転車なのです
秋、
画家のパレットは黄金に輝いています
乱反射する光の田園に素足で降りたち
親指の先で彼が歌うのは 豊穣のよろこび
きらきら きらら
きらきら きらり
彼はすべての実りを束ねることのできる たった一人の指揮者
一斉に彼にこうべをたれる稲穂に 人々もまた感謝を捧げ
恵みを大合奏する 北緯43度の五線譜の上で描かれる彼の絵は
すべてを輪廻の輪へと結びつける たった一粒の種なのです
こん、
はだかになった田んぼに 最初の雪のひとひらがひびき
それを合図に 彼はふたたび眠りにつきました
わたしの家は 田んぼの田の字の真ん中にたっていて 画家が住んでいます
誰も彼の姿をみたことはないのですが 彼は確かにいるのです
あなたの故郷にも あなたの町にも あなたの家にも 彼は必ずいるのです
そして 誰もが自分だけの彼の絵を 思い描くことができるのです