月は
吉岡孝次

父の故郷の防砂堤防で見知っていたこと
何度も何度も形にしようとして
歌をしくじり 高速ドライブの連続写真を打ち捨てて
それでも
記憶の外に追いやることができない
フルヴォリュームのヘッドフォンの間に頭蓋を収め
赫く増えてゆく詩句に疲れても
月曜の朝に向け こころは踏み惑う
黒く濡れた砂にバランスを崩しながら
何を着ていたかも思い出せないほど昔の僕は
海風を雲へ運ぶ山のふるえるラインを
古い暮らしを支える清流の冷たさとないまぜにしながら
恋も 挫折さえも予感できずにいた
如何なる因襲が渦巻くとしても
一人になりたければ 外に出ればよい
湧き水で足を洗い
坂道を
低く低く 渡るべき橋を探した
全景が視野を占めるまで
あとどの位と
今なら読み切れる程の距離を 昼のまぶしさにひかれ
辿った

美しいものなどこの世にはない
ただ悲しいものがあるだけだ

僕の小さな感傷をはねのけ

月は
退く波とその永劫を競ふ


自由詩 月は Copyright 吉岡孝次 2009-05-26 23:34:59
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