アイスクリーム
アンテ

                  「メリーゴーラウンド」 6

  アイスクリーム

ようくんの手はあたたかい
わたしの手はどちらかというと冷たくて
冬なんかは
部屋に入るとじんじんする
手をつないだ回数は多くないけれど
そのたび
ああ あたたかい
って感激して
ぎゅっと握りしめてから
はっと我にかえる

休診日といっても
完全に静まり返っているわけじゃない
入院中の子たちの家族や
行き来する看護婦のぴりぴり感は
平日よりも三割くらい割引サービスで
むしろ賑やかなくらいだ
ブロックを移るたび
だれかとすれちがったり
休憩コーナーで
毎週おなじ子が本を読んでいたりする

わたしのとなりで
緊張しているようくんの様子がおかしい
さあ 行きましょう
の印に手を強く握り返すと
ようくんは情けない顔でわたしを見た

ああ あたたかい

「初めて二人でいっしょに出かけた場所」
が今月のようくんの希望
それじゃあ 忠実に再現しなくっちゃ
の意味が出発の瞬間まで判らなかったなんて
甘い甘い
顔を真っ赤にして
わたしの腰に腕を回して
もう片方の手は
しっかりとわたしの手を握りしめて
ようくんは一歩ずつまえに進む
ゆっくり ゆっくりと
HCUのある別館三階から
本館の二階までの往復に
本当に長い時間をついやしたけれど
あの時 二人とも
まったく平気だった

四歳と三ヶ月
ようくんはまだ一人で歩けなかった

エレベータがイヤだってようくん泣いたのよ
階段で転びそうになって
ようくんの両親が駆け寄ってきたけど
わたしがぴしゃって断ったの
そしたらようくん
急に駄々こねなくなったっけ
そうそう
一人で歩いてみるってようくんが言いだして
派手に転んだのよ
ちょうどこの辺だったかも

片手の手話は時間がかかる
ようくんはわたしの記憶のとおり
律儀に廊下に寝転んだ
目線が天井をさまよっている
ひんやり冷たくて気持ちよさそうって
思って
あの時わたしも
ようくんの横に寝そべったんだ
並んで手をつないで

なんで泣けてくるんだろう

ああ あたたかい

名残惜しさをぐっとこらえて
起き上がって先に進む
連絡通路のソファで休憩
お見舞いの小さな子が
不思議そうにようくんの喉を見る
まだまだ廊下を進んで
角を二度曲がって
目的地の売店にやっと到着
ドアを開けると
あの時と同じおばさんがいる
もちろん周到な根回しの結果だ
あらどうしたの
なんて言葉をさえぎって
ようくんは握りしめていた五十円玉を差し出した

いまどき五十円じゃ
アイスクリームひとつ買えないけれど
おばさんとは交渉済みだ
保存ケースをのぞき込んで
さんざん迷って
あの時もようくんは
つかみ取ったアイスクリームを
勝利宣言のしるしに
高々と掲げたっけ

いっしょに食べよ

顔を見合わせて
ようくんもわたしも真っ赤になった
ひょっとして思い出したの
ってきいても
知らんぷりで

ようくんの手は
ますますあたたかい

バカみたいなことをしている
ただのお子ちゃまかもしれないけど
わたしたちは 今
とても大切な時間のなかにいる

アイスクリームみたいに溶けて
跡形もなくなるかもしれないけれど
でも きっと
とても大切な時間の流れにいる


                 連詩「メリーゴーラウンド」 6





自由詩 アイスクリーム Copyright アンテ 2004-08-31 00:50:24
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メリーゴーラウンド