記憶の終点
ばんざわ くにお

玲瓏の雲がたなびく
岸辺
ゲノムを運び終えた生き物たちが
崩れた山のように
積み重なって倒れている

おびただしい数の
生き物たちの目や口や鼻
牛や馬に混じって
人の体も横たわっている

ここは
ゲノムが支配しない世界
だから
恋愛もない
愛情もない
性欲もない
ありとあらゆる欲望が
ない世界

ただ太陽が
東の地平線から登って
西の地平線に沈む

こんな寂しい世界にきて
人体からはなれた記憶達が
水際の波に
洗われている

ちゃっぷ
きゃっぷ
ちゃっぷ

きゃっぷ
ちゃっぷ
きゃっぷ

たどりついた
記憶達は
永遠に漂う




【解説】この岸辺はこの世のはて、黄泉の国の境にある川の岸辺です。
    つまり、この川は三途の川です。
    ゲノムのためにこの世で生き死んだ生き物達は三途の川の前で
    魂が肉体から抜け出し、魂だけが三途の川を渡っていきます。
    その時、生前の記憶達は魂に置き去りにされて三途の川の岸辺に
    永遠に漂ようことになります。これが記憶達の終着駅です。
    今日、このような現象は三途の川まで行かなくても私達の身近な
    ところで起こっています。それはたとえば故人の生前にとった
    おびただしい数のビデオテープやDVDの山などです。
    科学技術の進歩が現代の三途の川の岸辺に記憶達を漂わせています。





自由詩 記憶の終点 Copyright ばんざわ くにお 2009-05-23 16:10:47
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