バレンシアの風
遊佐



南の風が
町を抜ける頃

温い昼下がりの射光と白い風景画の塗り籠めた下絵の上に停まった季節の翳り下で
欧風の白亜の建物の天辺に動かない風見鶏が見下ろす窓辺に揺れるカーテンのそよぎに抱かれて

セピアに彩られた午睡の端に微睡む君の横顔には
イスタンブールの寺院の壁とエーゲ海の家並みが重なり合って
シェスタとパエーリアを楽しむ民の血が注がれて行く
テーマはシルクロードであり
タイトルはヨーロッパ
スクリーンにはロマンチック街道が映る

チューリッヒやバチカンよりも
オタワやプラハよりもニースやカンヌ
ミラノやマドリードが良く似合う


僕はサンスクリットの書物を眺めながら
マテ茶と香の匂いを纏った少年の姿を借りて
チョモランマの中腹辺りで色とりどりの鮮やかな旗の閃く中で
大海の教師の教えを学ぶ夢に酔う


或いは…
キングストンタウンの寂れた居酒屋で
金髪に褐色の肌、素足に原色のワンピースを着た情熱的なクォーターの娘と
マリファナの力を借りて
掌の上で地球を回す幻を見る


北西の風が
アオリイカを連れて帰って来る頃には

君は隣町の住人にならんと町を出て行くだろう

肩より少し長く伸びた黒髪は
山から海へと抜ける冷たい風を防いでくれるのだろうね
何10年前の物かも知れない位に程好くくたびれたジャケットを
被るようにだらしなく着た君が
鉛色の空と海を軽く蹴飛ばすように
ふん、と。
軽く鼻先で笑い飛ばして行く姿に
僕は期待しているのさ

海を航れ、何時の日にか
君に相応しい夢は
もっと遠くに在る

イカの刺し身や天婦羅、
鰹茶漬けや造りの味は、
胸の奥にそっと仕舞い込んで

パエーリアやスフレ
シシカバブーやミートローフの似合うオンナになって欲しいよ、と。


イマージュを切り裂いて
掌の上で地球を転がすように
鮮やかに
颯爽と
いつも白い風景画の真ん中で

バレンシアの6月の風を抱いて
いつも笑っていられる人生を


此処で
そっと願いながら…。



自由詩 バレンシアの風 Copyright 遊佐 2009-05-23 00:00:40
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