無縁
プテラノドン

夕暮れ時、河川敷に沿って立ち並ぶマンションに灯された
幾何学的なライトを見ながら、「太古からの結晶」と、今朝ラジオで耳にした
CMの一節を反芻する。それから飢えた胃袋を黙らせるように煙を吸い込む。
母親たちが料理を作る間、子供らはテレビにかぶりつき、母親たちが
テーブルにのせた(雑誌かなんかの)レシピに視線を落とした隙に、
テレビは子供らを吸い込む。ウソじゃない。

愚鈍な同僚たちをよそに、一足先に仕事を終えた男は、携帯電話を取り出す。
そしてボタンを押してまもなく、マンションの一室の明かりが消え、数分後には、
男のいる車の助手席に、街で見かけるような女とは一線を画した
魅力を備えた女が座る。

あなたと違って私の場合は―、旅先で見知らぬ人と話すことが出来たなら、
どんな旅でも無駄にならないのものよ、と彼女は言った。
「そのもしもに、もれなく自分も含まれているだろう」と男は自らを揶揄して
彼女を笑わせる。それで彼女が笑うなら
馬鹿になるのも悪くないと思う。これで朝が遠退くならば、と
グラスの酒を飲み干す。彼女はそれを許さなかった。
彼女の言い分はこうだった。わずかにあいた隙間から真実を垣間見ることもある。
そのために、鍵を閉めずに扉を開けておくこと。心の、玄関の。
「チェーンをかけるだけで十分。」

 少年だった時分に、母さんは僕を締め出すことがあっても
 決して鍵を閉めることはなかった。僕らが行き着く先は、
 ゲームセンターのピンボールの前で、ハイスコアの景品として手にした
 安っぽい下着を―彼女たちが受け取ろうが受け取らまいが関係なしに
 握りしめたまま、ストリップ劇場の暗がりの中で
 スポットライトとともに登場する彼女の
 出番を待っていた。

「自らの内なる子供を愛し、彼から離れようとしないこと。」と、
ヒュー・ヘフナーはインタビュアーからの成功の秘訣の問いかけに答えた。
僕の指先にある熱気は離れようとはしない。数々の悪行を嫌悪しながらも。
いっそ冷めなければいい。夢から覚めてしまったとしても。実際、そんなふうに
現実を体験する。鍵穴に問いかけるように、ゆっくりと正確に、
相手の機嫌を損ねまいと、其処に居る住人たちを起こすまいと
ドアノブを回すことになるとは。
けどこれって、
泥棒みたいで楽しいね。



自由詩 無縁 Copyright プテラノドン 2009-05-22 22:48:08
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