また明日などに何も
高杉芹香
彼女は言った。
この娘の唄って。
一聴するにうまく聴こえるかもしれないけど。
低音が雑ね。
最も悲しいことに
心が入ってないわ。
初めて聴いたくせに。
なんとあっけないことを。
彼女は席から立ちその店を去った。
けど。
きっと
その娘と
縁も
ゆかりもない人間が
初めて聴いて
感じたことは
正直なことばなのかもしれない。
あれから3ヶ月。
心のある唄が聴きたい。
偽善でも
繕いでもない
愛ある
心ある
唄が 聴きたい。
よくそう言っていた
彼女はこの憂鬱な月曜
病院に入った。
彼女は
医師から告げられている。
余命いくばくもないその時間を
彼女は
音楽と共に生きると言った。
彼女は
曲をいくらも創るのだと言った。
愛ある人に唄ってもらうのだと
そう言った。
午後3時。
窓から見える景色は
彼女を孤独にする。
懇願するほどに彼女が会いたいと願った人は
この憂鬱な日
彼女に会いに来なかった。
彼女は
病室を出る私が
また明日ね、と
振り返っても
ただ曲を書いていた。
彼女は
また明日などに
何も
賭けていなかった。
あるのは
今
このとき
だけだった。