通奏低音
とうどうせいら

湖の中を泳ぐ
水面から顔を出す
岸に腕をのばし
力を強く込め

二本の腕の力だけで
ずるりと這い出す
うろこで覆われた
下半身を引っ張って

ここから
もっと
這っていったら
あえるの?

うろこが
岩の角で剥がれていって
てのひらの肉が
紅く剥き出しになって
肩まで痺れても

そんなことはつらくない

どうやって行ったら
あえるの?

*

みつけたら
抱擁をするの

それと、
くちびるをさらさら
指で触ってもらう

わたしは
背中を撫でて
しっとり冷たいキスを

わたし
お魚や海草を食べるのを
やめようかと思う

地面に生えるものを
食べる練習
それと

あなたにあたらしい名前を
つけてもらうの
いかにもにんげんぽいのがいい

月光だけじゃなくて
日光の日にも顔を出して
いつか
おんなのこのようにわらうよ

あなたの
真似をして
にんげんになるの

あなたと
同じ寝床で寝て
おこめを食べる
人ごみでも
浮かないの

夕方になったら
あなたの話を
たくさん聴くんだ

あなたとそっくりになる

あなたみたいに
誰にも気付かれないように
いつも明るくして

いっしょに
マンタのように
嘘っぽくひらひらするんだ

それから
まだ嫌いじゃないよって
あなたに
言うんだ
にんげんみたいに

恋みたいでしょ?

あなたが淋しくなったら
あたまくしゃくしゃして
その時だけは
ローレライの歌を
歌ってあげるね

*

わたしも
泣いてみたいな
目から 水 出して
うわぁーん とかいって

終わったら
わらうんだ

*

ここから
這っていったら
あえるの?

わたしのこと
好きって言った
あのひと 
いない
どこにも
なんで

もっと
おしゃべりしましょ?

*

岸辺の草は苦くって
おいしくない
いっぱい食べたら
にんげんになれるかな

地上のものを食べると
お水が抜けて
胸がからからになっていく

からっぽになったところに
夜気が入って
きゅうきゅう
寒いんだ

あいしてるって
あのひとが言った日に
うたが上手に歌えなくなった
喉が絞まってしまう

なんでなのか教えて欲しいの
いっしょにいて
教えて欲しいの

もういっかい
くっついて
わたしのこと
おかしてほしいな
なんかいもなんかいも
おかしてほしいな

はやくなかよくなりたいんだ

寒いんだ
震えがくる
からだの力が抜けていく

*

あんね
にんげんって
たのしい?

みんな
にぎやかで
きらきら 
大きなこえ

とっても
とっても
羨ましいな

なにより
あなたといられる世界が
とっても
羨ましいな

*

わたし
なんでここにいるんだろ

*

もしわたしが
にんげんになっても
誰かにみつかったら
きっと
いじめられるね
あなたが

にんげんは
そういう風にして
群れを作ってるんだよ

でも
きらい があるから
あい もあって

わたしあなたを
あいして
あなた以外のひとを
きらってみたいな
あなたを殴るひとがいたら
ころしてあげるね

そうすると
あいしたことになるって
聞いたよ?

にんげんになって
あなたに
ちかづきたい

甘いことを
いっぱいしよう
しあわせ っていうのに
なりたいの
もちろん
ふたりでなるんだ

しあわせ になったら
もう誰もどこへも行かないし
ずーっといっしょ

*

ぼんやりしてきた

手が痺れて
これ以上岩にしがみつけない
爪が海松色のぬるぬるで
滑る

せっかく上がってきたのに
湖の中にからだが
引き込まれる
重い

ダブン

*

朽木が
チャコールグレイの
けむりを
吐き出しながら
沈んでいるのが見える

圧力が
浮力が
どんどんからだを押してきて
なにかはぜる音が
かすかに聴こえるけど
目が開かないよ

髪についていた
真珠色のあわ達が
一斉にわたしを蹴って
上昇していくんだ

海の獣はみんな荒々しくて
わたしのからだを
裂こうとするよ
水底は
通奏低音が
ずっと続いているの
うねるように

*

あなたにあいたいな
あしたは
岸よりも向こうへいく
岩浜へ出るの


あえたらいいな
こえを聴きたいな
てを
つないでほしい


もしあなたが
人魚がきらいになっていた時は
さようならって
言われてみたい

あなたを
ちゃんとすきになって
おわかれをしてみたい

それで
自分の気持ちひとつで
死んでみたい

ありがとうって
にんげんみたいに
世界に
お礼を言うの

きっと
自分のちからで
選んだところは
ここよりも
もっともっときれいで
あたたかい

もう
わたしが
あなたのことを
すきでいても
誰も
あなたを
いじめない

ずうっとすきでいたいの
ずうっとあいをしてみたい


喉が痛い

*

あなたに
あいたいな



おなか
空いたよ

















 
 
 


自由詩 通奏低音 Copyright とうどうせいら 2009-04-02 21:03:44
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