春を呼吸する
あ。

呼吸は細く、長く
ゆっくりと繰り返す

名前もないような草がざくざくとしげり
時折ぽつぽつと色が見える
それは例えば蓮華草であったり
ぽこぽことしたシロツメクサであったり
小さく眩しい菜の花であったり

いつか此処も掘り返されて
ガレージや住宅地になってしまうのだろう
近辺の同じような土地がそうであったように
だが少なくとも今この瞬間までは
目の前のものが当たり前の風景

幼い頃は果てしないと感じていたものも
大人になると端っこが見えてくる
知らない子どもがそばを走り抜けた
あの子にはきっと全てが無限なのだろう

郵便箱を毎日覗いても
何も書かれていない便箋ばかり
思いを書いた分厚い手紙は
いつでも寂しい片便り

足元に生まれたての緑
まだ瑞々しい色を欲しくなり
欲張りで勝手なわたしは
一枚そっと手に取り
和紙に包んで文庫にはさむ

耳に甲高い声が響く
草に足をとられて転んだ子どもが
大きな声で泣いている
少し後ろを歩いていた母親が起こしてやると
ひざ小僧の砂を払う
小さな手を母親のほっそりとした手が包む
マニキュアも施されていない少し荒れた手を
とても美しく感じる

見上げれば傾きかけた太陽
時間は確実に進んでいる
何よりも美しく 何よりも優しく
当たり前に存在することに幸福を感じる

再び呼吸を意識する
今度は大きく、大きく
胸の中に春を吸い込み


自由詩 春を呼吸する Copyright あ。 2009-03-31 16:47:25
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