イデア
マッドビースト


 かじりついたおむすびの
 イクラらしきものは
 黒い海の匂いがした
 よもや
 砂漠の国の油田を泳ぐ魚の腹からとってきたわけじゃあるまいし
 それでもお前はコピー食品
 イクラみたいななにか

 他のおむすびの中身は
 コピーされたうに
 コピーされたかに
 コピーされた雨
 コピーされた悲しみ
 コピーされた思い出
 コピーされた恋

 『恋』のおむすびを齧って
 反芻してみるとやはり
 黒い海の匂いが
 鼻についたけど
 それはきっと
 まっさきに浮かんでくる
 少しの嘘と
 少しの涙のせいで
 その臭味に負けずに
 もう少し思い出してみると 

 コピーだったのかもしれないけど
 それでもやっぱり嬉しかったし
 夢中だった

 コピーされたなにか
 だとしても この味でこの形でこの色で
 他に何になれというのだろう

 思い返してみるとやっぱり
 嬉しかったし夢中だった 
 なにでできているかなんて
 どうだってよかった


 窓ガラスの向こうで
 コピーされた夕焼けが沈む
 コピーされた白い建物ばかりの
 コピーされた街で
 コピーされた僕達の
 コピーされた運命だとしても
 この体でこの痛みでこの不安さで
 他に何になれというのだろう
 なにが足りないというのだろう
 足りないことがなんなのだというのだろう


 コピーされた夕焼けが沈んだあとの
 コピーされた夜は
 真っ暗で本物と見分けがつかないほど真っ暗だった

 夜のあとには朝が来た
 それはやはりコピーされた朝だったけど
 この街にははじめてだった。


自由詩 イデア Copyright マッドビースト 2004-08-23 22:59:38
notebook Home 戻る