アラスカ 3〜誘拐?〜
鈴木もとこ

 入国審査を済ませて空港ロビーへ出ると、何人もの人が名前の札をあげていた。ツアーの
お客さんを迎えに来た旅行会社の人達だろう。口々に日本語で札の名前を連呼している。
騒々しい人々の中から自分の名前を見つけて、係員らしき人に声を掛けた。
 迎えのワゴン車には、新婚旅行らしいカップル1組と私だけだった。世界中からアラスカ
に人が集まって、ホテルが取りにくいと言われている夏にしては参加者が少ない。小さな
旅行会社だからかな・・・と思いつつも、行程を1つキャンセルしてオプショナルツアーを入れ
たり、決まった日数を延ばしたり・・・なんて我がままな客のリクエストに答えてくれるのも、
大手ではないから出来る事だし、客扱いが変に雑にならないこともありがたかった。
 車はアンカレジ市内の見どころをいくつか廻り、新婚さんはアラスカいちゴージャスな
(と言ってもここしか高級そうなのは無い)ホテル・ヒルトンで降りた。
 私の宿は街外れの現地旅行会社直営のホテルらしく、現地係員の女性はホテルの管理人も
兼ねていた。目の前は広場になっていて、若者がバスケットをしたり野球をしたり、それぞ
れ長いアラスカの夏の日を楽しんでいる。しばらく眺めたあとチエックインした。
 1階はバスルームとそれぞれの部屋が6室程度。2階は管理人室にキッチンとリビング
ルーム。ついでに暖炉まである。まるでアメリカの一般家庭のようなどこかほっとする作り
だった。
 自宅みたいな部屋のベッドの上で荷物をほどいてちょっとくつろいだあと、アウトドアシ
ョップへ行く事にした。ここで明日からトレッキングとかで、どんどん着倒す予定のマウン
テンパーカーを手に入れるつもり。調べた店は郊外にあるため、電話でタクシーを呼んだ。
バスはどうやらそこまで無いらしく、しかもあまり発達していないようだった。アメリカは
車社会というのは本当だ。特に田舎は。
 店はかなり大きく、ログハウスみたいな木造の3階建てに所狭しとアウトドア用品が並ん
でいた。うーんさすが四国と同じ大きさの国立公園がある州。本物の野生を求めてアメリカ
中からキャンプに訪れる場所らしく何から何まで揃いそうだ。
 パワーバーと呼ばれる登山栄養食品(スニッカーズのようなもの)の大きさに驚き、登山
靴の品揃えと大きさにまた驚いたり、と大騒ぎしながら見て周る。カヌーツーリングのビデ
オを見つけて、北海道のニセコでアウトドア会社をしている叔父のお土産にした。「叔父さ
んこれで本場のアウトドアを勉強するんだよ」
 目的のウエアは、シアトルに本社がある「REI」のものを購入することにした。ゴアテ
ックス製で長持ちしそうだし、使いやすそうなところがいい。サイズはXXS。日本じゃぽっ
ちゃり型体形の私がここじゃ一番小さいサイズ。うむ・・・アメリカは女性も大きいのだな。
などと考えながらレジへ。気に入ったのがあったのは良かったのだけれど、輸入ものとして
入ってくる日本と値段は変わらない。アラスカの物価の高さに少しがっかりした。やっぱり
陸の孤島だなあ。
 アウトドアで忘れちゃならない虫除けも一緒に購入。殺人的蚊集団にヤラレたら大変!
大群でやってきたら本当に刺されて死んでしまいそうだ。成分が日本とちょっと違うらしく、
現地モノじゃないとひどい目にあうらしい。目的のものを手に入れ満足して店を出た。
 そうだ、今晩のツマミとビールを購入しにスーパーマーケットへ買出しにいこう。ガイド
ブックでは直ぐ近くだな・・・。
とりあえずアウトドアショップが入ってるショッピングモールを一周してみた。
近くにはそれらしいものは見えない。では、地図を見てもう一回。・・・やっぱりない。
試しにもう一回・・・と、そこで背の高いアメリカ兄ちゃんに突然呼び止められた。
「よーあんた、道に迷っただろう。迷子だな!」
勢いよく人を指差しながら聞いてくる。Tシャツに筋肉質の腕にはタトゥー。ちょっと危な
い人かも。
「あんた、どこ行きたいんだよ!」
「あぁ、スーパーマーケットに・・・」
「そこはここから真っ直ぐ1キロ先だ。この道を行くといいぜ」
どうやら親切に道を教えてくれたようだ。人は見かけによらないナと思いながら「ありが
とう」と言って別れた。
 1キロじゃ歩こうかな・・・とも思ったが、自動車が沢山走っている道をひたすら歩くのは
さすがに嫌だったので、帰ろうかと思っていると、さっきの兄ちゃんが赤いピックアップ・
トラックに乗って「よう!そこまで送ってやろうか」と運転席から話し掛けてきた。
「いや、もう帰るから・・・」
「ふーん。そうか、じゃ気をつけてな」と兄ちゃんは爆音とともに駐車場から走り去って
いった。
 あんな車にホイホイ乗る旅行者がいるのかねえ。なんてぼんやり思いながら公衆電話で
タクシーを呼んで宿へ帰った。
 リビングルームには、さっきの添乗員がくつろいでTVを見ているところだった。
「いい買い物は出来ましたか?」と聞かれて、気に入ったものがあった事と、アメリカ兄
ちゃんが車で送ってくれようとしたという事を話した。
添乗員は「いやぁ危なかったですね。日本じゃレイプくらいで済み(ナヌ?済む?)ます
けど、いくらアラスカが安全な州とはいえ、アメリカなんだから命がなくなっちゃいますよ」と、こともなげに言った。
「アメリカではちょっとした知り合いくらいじゃ、たとえ相手が女性でも車に2人きりには
なりませんよ。旅行者は特に気をつけたほうがいいですね。危険ですから」
そういえば、牛乳パックの外側に“子供を捜して”と写真付きで印字されているのを見た事
がある。子供は人身売買か臓器、大人は楽しむために誘拐・・・というのは実際にある話なの
だな、とちょっと怖くなった。
本当の危険は何食わぬ顔で側まで来ている、そしてスキが出来たときに遭ってしまうのだ。
 改めてアメリカの抱える問題の1つが少し見えたような気がした。安全に暮らしている
ような日本も、これからこんな事にいつも気をつけなくてはいけない時代が来るかも知れ
ない。いや、水面下ではもう起こっているのかなと、ちょっと考えてしまう出来事だった。


散文(批評随筆小説等) アラスカ 3〜誘拐?〜 Copyright 鈴木もとこ 2004-08-23 22:04:01
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