さよならシティ
山中 烏流
勝手に逃げたひとのせいで
今日も電車は来ない
向こう側のホームから
数日前に死んだであろう
女の嬌声が響く
もうすぐここも
ひとで溢れ返りそうだ
後ろのベンチからは
少女の泣き声が
聞こえる
*
潮風の吹きまわる窓辺で
制服が飛んでいる
黒板の剥がれ落ちる音に
優等生だったあの子は
身体を震わせながら
耳を塞ぐ
私の手によって
開け放たれた窓から
飛び出していったのは
制服、だけだったろうか
*
卒業記念の花束には
菊、それから栗の花を
*
蟻の巣から
冠に溺れた少女が這って来て
私を見るなり
大声で泣き出した
大きく膨らんだお腹が
きっと
動きづらいのだろう
靴裏が
その姿を哀れんで
ぷちり、と一つ
音を鳴らす
そういえば
あれから、蟻を見ない
*
手を振りながら
逃げていくひとの背に
人差し指を構える
引き金が見当たらないのは
そういう物だからだ、と
私の後ろから
誰かが
私を撃ち抜いていく
*
踏み切りの音がする
少女のいたベンチには
どこか、を見ている女が
だらしなく座るようになった
そういえば
音が鳴り出してから
もう、随分と経ったような
そんな気がする
*
今日も、電車は来ない