ふだんのひと
恋月 ぴの

宅配便の到着を知らせる呼び鈴に立ち上がると
私の下半身を跨ぐように放屁ひとつ
あけすけな音と不摂生な臭さにパタパタと手にした雑誌で扇ぎながらも
これが夫婦ってことなのかと改めて考え直すまでも無く

アマゾンで仕入れたトレーニングウエアに袖を通すあなた
言い訳がましい決意の程を問わず語りする

来年こそ東京マラソンに出場するんだ
今春入社予定の新人にフルマラソンの経験者いるらしいし

どうせ何処の女子大を出た新人さんねとは思いつつも
メタボ気味のお腹を引っ込めてくれるならそれはそれでよろしいかと

今夜はあっちのお付き合いとかあるのかな
期待するわけじゃないけどそれが良妻としての責務なら
せがむ女の可愛らしさを捨ててはならない筈だから

ちょっと濃い目の寝化粧とわざとらしい言葉尻でそそり
まぐろを決め込むあなたのパジャマを脱がす

押し倒してなんかくれないよね

半勃ちのペニスに軽く口付けすると私は体を入れ替えて
潤滑ゼリーを膣襞に忍ばせる

コンドームと潤滑ゼリーに支えられた二人の愛
それぞれがそれぞれのためにと
忙しいままに腰を動かせば
それに呼応してそれらしき甘い声で答えてみたりする

どうなんだろうね
それぞれがそれぞれのためなんて陳腐な思いやりは捨て去り
好き勝手、自由気ままに生きてゆく

それこそが真実の愛って気がしてならないけど
萎えがちなペニスをオフィスラブの妄想で支えるあなたと
濡れなくなった言い訳はさて置いて潤滑ゼリーを用いてしまう私

鬱陶しいけど無くなってしまうのもね

運悪く子供が産まれたならこんな儀式さえも途絶えてしまい
育児ノイローゼぎみな私にしらんぷりを決め込む背中が見えてくる

いつの間に終わっていたのか私の身体から出て行くあなた
だらしなく伸びきったゴムの先には白い澱みが満たされぬ風情で

あの桜はそろそろ見頃かなと思いを巡らす私がいた





自由詩 ふだんのひと Copyright 恋月 ぴの 2009-03-23 22:04:20
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