微笑
山中 烏流
・夜中の話
機械音に身を捩じらせて
母が咳を漏らす
その光景に
何か言葉をかけそうになる私が
ひょこりと顔を出した
しかし
少しだけ、しか浮かばない謝罪なら
むしろ
無いほうがいいのでは
ないだろうか
そう辿り着き
取り敢えず、毛布をかけ直しておく
跳ねては響く音が
高い天井と
無意味に手を繋いでは
私の耳元で
うるささを競い合っている
溜め息の音すらも響きそうな
そんな、空気感に
むしろ
溜め息を漏らしそうな
私が、いる
ふらふらと
部屋の中で歩き回る思考は
とりとめもなく
いろいろ
を、考えて
いつもより
夜更かしした瞼を
重力で飼い馴らそうとする
たとえば
その思考の大半は
おこがましいけれど、私自身についてで
残りの少しは
多分、とか、きっとだけれど
何を考えるかについて
考えている
母のくしゃみが
耳に残って
上手く、眠れない
・早朝の話
起き抜けの母の
使い古した溜め息の横を
黙々とすり抜けて
朝食を作り出す
すれ違い様
母親に
ありがとう、の一言を貰ったけれど
何についての感謝なのか
全く分からなくて
一つだけ
曖昧に微笑んだ
布団を畳むために
一度、部屋へと戻ると
既に母が畳み終えていて
取り敢えず
携帯を弄り始める
すると
どれくらい経ったのか
薄い暖簾越しに
味噌汁の匂いが漂ってきて
私は
慌てて火を止めた
もしかしたら
焦げ付いてしまったかもしれない
そんな
慌てる私の姿を見て
くすくすと笑う母の肩から
ぱさり、と
毛布が滑り落ちる
少し
風邪気味なのだろうか
そういえば
昨晩は母のくしゃみが
やけに耳について
眠り辛かった気が、する
机に朝食を並べて
定番の挨拶を済ませると
母は曖昧な笑顔で
不意に
私の顔を見た
それが意味することを
私は知りながら
つい、とその顔から目を逸らし
ゆっくりと
味噌汁を流し込む
震える肩と
離れないくしゃみの音が
こんなにも、痛いとは