春雷の夜
松本 卓也

今年もまた気付かぬ内に
桜が散りかけていた

当てもなくふらついても
ただ足が痛むだけだと
思い知っているだろうに

例えば昨夜
家路に続く坂道の
向こう側に浮かんだ月に
見とれてしまうような

例えば今朝
交差点に置かれた
枯れ果てた餞に
寂しさを覚えるような

例えば先週
交通事故の現場で
広がる血糊から
思わず目を背けたような

少しずつ確かに
感じる事さえ億劫になりながら
明日が晴れでありますようにと
今日を繰り返しているだけの紛いもの

生きる事さえ許されなかった
いくつかの群像に比べれば
なんと贅沢な悩みだろう
生きているだけで尊いとなど
嘯くつもりはないけれど



けたたましい雨音は
生きているようで死に続けている
木偶の坊が呟いた
言い訳を塗りつぶしていく

このまま夜が明けて
ただ重ねるだけの日々が
何事もなく圧し掛かり
背中を叩いて急かしつける

だからこの掻き消えそうな独り言
今だけは誰かに聞いていてほしい
そしてたった一言だけでも
声をかけてくれれば良い

一人じゃないと信じていたい
それだけなのに


自由詩 春雷の夜 Copyright 松本 卓也 2009-03-22 01:36:18
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