盲目の象
木屋 亞万

裏庭に透明の象がいる
ばあちゃんはそれを知っている
他は誰も信じてくれない

夜、布団に身体を任せて
僕は透明になる
(つまり僕は僕を抜け出すんだ)
そして象に会いに行く

暗闇の中をそろりそろりと歩く
タンスや机に足をぶつけたり
洗濯バサミを踏んだりすると痛いから

でも、どれだけ歩いても何もない事に
僕は気付いている
(足の感覚なんて置き去りさ)
けれど僕は手を前に出して恐々と歩く

そうしていると突然、温かい水に包まれる
(そこはもう象の身体の中なんだ)
(僕らは静かに溶け合うの)
恐怖は一瞬で安心感に変わる
(その瞬間が好きなんだ)
僕は生まれ変わる

耳を澄ませば、象の心臓が
海の始まりの音を立てる
羊の毛のように温かい水の中で
僕は「光」を忘れ物箱に入れる
(闇の中でそれは必要ない)

透明の象は移動している
すべてが眠る絶対零度の闇の中
原子も眠って動かない

夢の外には夢がない、と
ばあちゃんは笑った
ばあちゃんはもう象には会えないらしい
(大人が信じないのも仕方ない)

象はいつも裏庭で休んでいるから
会いたくなったら透明になって
裏庭の方に歩いていけばいい
とばあちゃんは教えてくれた
(本当にありがとう)

6時に沈む太陽を見ながら
象の心臓の口真似をしていたら
目から小さな象が溢れてきて
僕は誰もいない家を飛び出した
(ばあちゃんの病院へ行こう)

(今日、
目から象が出たんだ、
ばあちゃん、


ばあちゃん、
早く帰ってきてよ)


自由詩 盲目の象 Copyright 木屋 亞万 2009-03-19 00:49:29
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