修羅を読む(10)
Giton

4 「修羅を読む(9)」の続きです。
 第1集のなかの重要な作品で、まだ扱っていないものもあります。「青森挽歌」「オホーツク挽歌」などは、なんども読んでいるので、後で出すかもしれません。
5 「夜」を漫画化したますむらひろしさんは、尊敬しています。アニメにもなっていますね。
 賢さんの「夜」のように不可解な語彙がたくさん使われている文章を絵にするのは、たいへんな苦労だったと思うのですが、‥‥ふつうの絵本や挿絵だと、賢さんの考えていた意味やイメージをとことん追究しないで、勝手に適当な想像で絵にしてしまう人が多いのではないでしょうか。しかし、ますむらさんは、そこをしっかりと調べて考えているんですね。たとえば、「天気輪」「三角標」といった言葉、これらも、賢さんの地質調査旅行などをあたって詳しく検証しているんです。
 ジョンバンニが猫か人かなんて、たいしたことじゃないです。原作には、猫じゃないなんて、どこにも書いてありませんから(笑)。
 ちなみに、私は、「天気輪」は、やはり五輪峠の天輪水輪地輪と関係があって、冥界の出入口の標識ではないかと思ってます。
6 冥界に話が及んだついでに‥‥、東北には、舟を伏せた形の山、つまり、遠くから見ると台形(賢さんの用語で言うと「梯形」)の山が、現世と冥界の出入口というか、橋渡しになっているという信仰があるようなんですね。有名なのは、宮城県の船形山ですけど、その船形山だけでなくて、里から舟の形の山が見える場所にはどこにでもあった民間信仰ではないかと思うんです。
 古くさかのぼると、東北だけではなくて、近畿以西でも、古墳時代の埴輪に舟の形をしたものが多く出ていますし、銅鐸にも描かれています。いま、典拠を参照しないで書いているのですが‥‥駄文ですから、典拠を示して論じるのは他日を期したいと思いますが‥‥、この銅鐸は、たいへん面白いです。舟の上に、おおぜいの鳥(なのか、鳥の羽を頭に飾った人間なのか)が乗って漕いでいる絵なんですね。じつは、こういう意匠は、ベトナムのドンソン文化の銅鼓にも描かれていて、鳥や舟が、あるいは、舟に乗った鳥が、現世と死者の世界とを往復しているという信仰は、広くあったらしいんです。そのもとをたどれば、照葉樹林文化になるのか、先史の長江文明になるのかわかりませんけれども、現在でも、タイ北部では、トラックの上に大きな舟形を乗せて、櫂を漕ぐ鳥に扮装した女性をおおぜい乗せて、高僧の葬式をしているそうです。
 そこで、賢さんに戻りますと、花巻の町の近くに、松倉山、五間森という2つの山があって、おそらく火山岩頸だと思うのですが、里から見ると、舟を伏せた形をしています。つまり、頂上は、ほぼ水平に長い尾根になっていて、斜面はきわめて急です。これらの山には、道が(杣道も)付いていません。里に近いのに道が付いていない山というのは、地元の人があえて登らない山ではないかという推測ができます。
 私は、直接地元の方に確かめてはいないのですが、これらの山にも、冥界の入口のような信仰があるのではないかと推測しています。賢さんの詩を引きますと、

  「松倉山や五間森 荒っぽい石英安山岩の岩頸から
   放たれた剽悍な刺客に
   暗殺されてもいいのです」
  「松倉山松倉山 尖ってまっ暗な悪魔 蒼鉛の空に立ち」(風景とオルゴール)

というかたちで登場します。
 この詩には、妹トシ子の死を消化しきれない賢さんの心象の中で、これらの山が、冥界の使者、いわば死神のように屹立して見えるのです。そして、夜明けの風が吹きすさぶ中で、賢さんは、冥界の死者に捕らえられてゆく甘美な感情を抱いているように感じられます。
 なお、七つ森を扱った詩「第四梯形」などにも、こうした「船形の山」の観念が影を落としていると思われます。
7 次に、賢さんの「喪神」という語を考えてみたいと思います。
 国語辞典によると、

  「そうしん【喪神・喪心】(1)気を失うこと。失神。(2)気抜けしてぼんやりすること。放心。」

とありますが、ネットで検索すると、「付喪神」または「憑喪神」という言葉が出て来て、読みは「つくもがみ」で、「長い年月を経て古くなった対象(‥‥道具や器物‥‥稀に動物などの生物‥‥)に、魂や精霊などが宿るなどして妖怪化したものの総称」(Biglobe 百科事典)とあります。
 賢さんの詩では、「喪神」は散見する語ですが、例えば、詩「春と修羅」には、

  「喪神の森の梢から
   ひらめいてとびたつからす」

のように現れ、「溶岩流」では、

  「喪神のしろいかがみが
   薬師火口のいただきにかかり」

のように、薬師岳の中腹から見た・おそらく晩秋の太陽を「喪神のかがみ」と表現しています。どちらの例も、「失神、放心」の意味で理解することはできますが、「付喪神」の語義を重ねてみると、さらに心象に近づくようにも感じられるのです。
 いずれにせよ、上に引用した「からす」の例は、鳥が現世と冥界の間を行き来しているという信仰を背景に考えると、よりよく理解できるように思います。
8 ところで、以上に述べてきた鳥とか舟とかは、賢さんが傾倒していた法華経を中心とする仏教の信仰とは異質のものと思われます。
 賢さんの法華仏教的な心境については、私は、短い作品ですが、「有明」という詩に注目したいと思っています。

  「起伏の雪は
   あかるい桃の漿〔しる〕をそそがれ
   青ぞらにとけのこる月は
   やさしく天に咽喉〔のど〕を鳴らし
   もいちど散乱のひかりを呑む
     (波羅僧羯諦菩提薩婆■〔ハラサムギャティボージュソハカ〕)」
   
■は、言偏に可


 上手に説明できないのですが、この詩は、周辺の他の詩と比較してみると、影のない希望と静かな明るさに満ちています。賢さんにとって、法華宗の信仰は、そういうものなのだなと思いました。(よい例かどうか分かりませんが)ちょうど、ヨーロッパ人にとって、ゲルマンの精霊信仰に対して、啓示宗教であるキリスト教の信仰がもたらしたような役割を、仏教のある信仰が持ったのではないか、という仮説をもつのです。
 そして、基層にある民間信仰と、青年時代から、いわば洗礼のように与えられた仏教なかんずく法華経の信仰、このふたつの層が、妹の死という深い傷痕の処理をめぐって相剋してゆくのではないか。というのが、私の現在の問題意識です。


散文(批評随筆小説等) 修羅を読む(10) Copyright Giton 2009-03-13 19:59:33
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