白紙事件
塔野夏子

モザイクのような街路に迷い込んだ
そこらの店の看板は
どれもこれも三日月だの 土星だの ほうき星だの
要するに天体のかたちをしている
それらの看板に書かれたそれぞれの店名は
たしかにどれも知っている文字から構成されているのに
読もうとするとへんにゆらめいたりかすれたりして
どうしてもうまく読みとれない
こんな羽目におちいったのは
ポケットにあいつからの手紙を入れて歩いたからだ
そうに違いない
それで僕は立ちどまりそいつを取り出してひらいてみた
すると僕がそれに気づくのを見透かしていたかのように
そこに書かれていた文字はひとつ残らず
すでに逃げ去ったあとだった
何が書いてあったのか それもうまく思いだせない
これはどうやら この奇妙な街路のどこかで
あいつ自身に出くわすまでは
解決しそうもない
僕はためいきをひとつつくと
手紙をたたんでポケットに入れ直して歩きはじめた
きっとそのうち
あいつにはもっと気のきいた仕返しをしてやるぞと
胸の中で呟きながら





自由詩 白紙事件 Copyright 塔野夏子 2009-03-13 17:32:32
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