遺影のまなざし ー四十九日前夜ー 
服部 剛

くたびれた足を引きずって 
いつもの夜道を帰ってきたら 
祖母の部屋の窓はまっ暗で 
もう明かりの灯らぬことに 
今更ながら気がついた 

玄関のドアを開いて 
階段を上がり入った部屋の 
机の上に置かれた写真立てに
いつのまにか納まった 
祖母の顔 

小さい額縁に吸いこまれた 
(もう一つの世界)から 
職場の老人ホームで 
お年寄りと僕が
笑って過ごしたひと時を 
眺めていたように微笑する 
祖母のまなざし 

四十九日前夜 
食堂のいつもの席に 
曲がった背中の無いまま 
時の流れ続けていることを  
今も不思議に思うのです 

毎朝門を出てゆく孫を 
祖母の育てた柚子の木が 
手を振るように葉を揺らし 
覚束おぼつかないこの足取りは
風の声に励まされるのです 

今こうして書いているような 
一篇の詩を綴った夜は 
祖母の部屋に正座して 
骨壷の前に 
(ありがとう)の言葉を添えて 
手紙のように置くのです 

マッチを擦って 
二本の蝋燭に火を灯し 
線香を立てる  

小さな棒を手に 
生前の祖母が毎朝 
仏前で鐘を鳴らしたように 
微かな音が 
畳の部屋に響く 

薄っすらと昇る煙の
向こうから 
祖母の遺影が(お疲れさん)と 
ほころんだ 








自由詩 遺影のまなざし ー四十九日前夜ー  Copyright 服部 剛 2009-03-10 23:45:47
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