ふるえる糸
ことこ

しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ

山奥の合掌造りで
祖母は暮らしていた
冬は深い雪に閉ざされ
ひっそりと
何もないところだった

祖母がまだ少女だった頃
屋根裏では
蚕を飼っていたのだと
奥底で赤く息づく
時代遅れの囲炉裏の火を
つつきながら
幼かった僕に
話してくれた

しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ

蚕の
一匹一匹の
桑の葉を食む音はとても小さい
のに
いくつものいくつもの蚕が
桑の葉を食む
音は

しゃわしゃわしゃわしゃわ

屋根裏から
反響するのだと

それを聞いた夜から
祖母の家に泊まるときはいつも

しゃわしゃわしゃわ


聞こえるような気がして
いくど寝返りを打っても
うまく眠れなかった


久々に尋ねた
祖母の家は
やはり
深い雪に閉ざされたまま

主を失い
囲炉裏には
冷たい灰だけが
横たわっている

ふと

しゃわしゃわ


屋根裏から

ふるえる糸が
眼の端を
かすめる

あれはきっと
祖母の記憶の

残滓


自由詩 ふるえる糸 Copyright ことこ 2009-02-26 23:04:21
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