数学
アンテ
「メリーゴーラウンド」 4
数学
わたしがまだ小さかったころ
という表現は
何歳くらいを示すのだろう
白板にマジックペンで数式をならべる
カッコをばらして
右項と左項を並び替えて
求めたい変数を集める
振り返ると
ようくんはペンを鼻と口の間に挟んで
机に肘をついている
そんな時の気持ちを
わたしはよく知っている
あーあ 一体なんのために役に立つんだろう
数学なんて
なにニヤニヤしてるの
ようくんに指摘されて
慌てて真面目な表情にもどる
わたしが覚えているいちばん古い記憶は
二歳と四ヶ月
HCUから退院したときのことだ
さようなら を言いたかったのに
ようくんはあの時も薬で眠っていた
一週間に一度は治療を受けなければ
気管がふさがって息ができなくなるのだと
知ったのは
もっと大きくなってからのこと
なぜようくんだけ退院できないんだろう
なんて考えたのも
ずっと後になってからのこと
小さなころは
お医者さんになりたかった
どうにもならないことが
世の中にはたくさんあるだなんて
知らなかったから
なりたくないことばかりが増えるだなんて
夢にも思わなかったから
それでも
今でもわたしは
お医者さんになりたいと思っている
きっと これからもたくさん
思い知るだろう
夢にも思わなかったことに出くわすだろう
さらさら さら
変数の答えはかならず求まる
のが数学が嘘っぽい理由なのかもしれない
日常生活では
なにとなにがおなじ変数かなんて
見分けがつくわけがない
でも もしかしたら
不平不満を言ってばかりで
努力を怠っているから
いつまだたっても見分けられないのかもしれない
さらさら さら
CO2の濃度があがったので
授業を中断
気切のカニュレにカテーテルを挿入して
痰を吸い取る
せえの で咳をするたび
ようくんは顔を歪める
はーい よくがんばりましたーっ
小さかったころ
そんなふうに褒める看護婦さんの口調が
嘘っぽくて
がんばっているのはようくんなのに
そばで見ているのが辛かった
中学三年生
という年頃について考えるたび
わたしはいつも
ようくんとなにかを比べてしまう
同い年 であるだけで
クラスメートを憎むなんて間違っている
のに
なぜいけないのか
正直 わからない
さらさら さら
いつか
今 この瞬間の気持ちも
小さかったころのこととして
思い出すのだろうか
今 この瞬間の気持ちを
懐かしむような年齢まで
生きたとして
その時わたしはどこにいるだろうか
なにをしているだろうか
お医者さんになるために
数学は役に立つのだろうか
さらさら さら
連詩「メリーゴーラウンド」 4
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メリーゴーラウンド