けふのうた(散文バージョン)
みつべえ

盆休みだ。何して遊ぼう。
そうだ、かきものでもしよう。 「注1」
かきもの?
うーん、いい響きだ。もう一回いってみよう。
「かきものでもしよう」
うーん、すばらしいっ。
貧しくても虚栄心だけは満足させられる文化的なセリフだ。

さっそくパソコンの前にすわる。
デスクトップにスティッキーズをだして少考する。
「あっ、そうだ」
とつぜんポンと手を打ち、台所に行ってコーヒーをおとす。
愛飲しているのはマンデリン。
どんなにカネがないときでも、こいつだけは切らしたことがない。
飲みながら、まず題をつける。
「けふのうた(散文バージョン)」参照→http://www.geocities.jp/potter99rice/a-kehunouta.html
なんかカッコいいぞ。何をかくかまだ決めてないが一応サマになっている。
感動で胸がいっぱいになる。

次は名前をかく。
「みつべえ」→http://www.geocities.jp/potter99rice/
実はこれ、もともとは自前のホームページの名前。
昔から使っているペンネームは本名を平仮名にしただけの「よねたみつひろ」。しかしネット上ではいつの間にか「みつべえ」が通り名になってしまった。
この呼ばれ方、けっこうお気に入り。
あ、ちなみにこれが自画像(笑)→http://www.geocities.jp/potter99rice/jiga.html

さて何をかこうか。
さしあたって「ハナクソをほじくってみる」とかいてみる。
そうして次につづく言葉をひねりだすために沈思黙考する。
ここが大事なところだ。
いかに深く瞑想できるか。このコツさえ会得できれば、いかなる文章も自由自在にかけるだろう。
ぐーぐー。

・・・・・・どうやら、うたたねをしていたらしい。
なにやら固いものにオデコをぶつけて目がさめた。
そうだ、シコシコ「かきもの」の途中だった。 「注2」
パソコンはフリーズしていた。
めでたし、めでたし。

そういうわけで、気分転換に外出することにした。
いい天気だ。
中天に陽はかがやき、青空は高く澄み渡っている。
こんな日に屋根の下で「かきもの」するやつの気がしれない。

近くの丘にのぼる。
見はるかす全風景が光のなかにたゆとうている。
私は、ブンガク少年になる。

時として涙をおぼゆ草木(そうもく)の悠々として日を浴ぶる見て ※

と諳んじたあと、どこからか囁きのように言葉がくる。

ひとはもっと 陽をあび
風に吹かれるべきだ
住居には 悪い人ばかり

うん?
これは詩か。
詩ができたのか。
まさかね。
それから急いであたりを見まわし舌をだす。
酒がのみたくなる。

名前もしらない通りをどんどん下って途中酒屋で缶ビールを買う。
しっているかな。缶ビールを味わう最上の方法を。
それは歩きながら飲むことにつきる。
一本目がカラになるころには別の通りをぶらついていて、よくできているもので、ちょうどそのあたりにまた酒屋があり、もう一本、そして一本と飲みついで行くのだ。

酔いがまわるにつれ、無数の妄念が意識の底から浮上してくる。けれども、すぐ日光消毒されるので(今日は、わが内なる少年の虫干しには、うってつけの天気だ)私は自分の人格をいつでも一定のパターンに保つことができる。社会規範から逸脱しないかぎり、私のどんな奇矯さも洒落にすぎないのだ。
せいぜい変人といわれるくらいか。

掟てられて人てふものの為すべきをなしつつあるに何のもだえぞ ※

口をついてでたのは、またしても牧水。今日はややネクラかもしれない。
定住生活が長くなってしまった。
旅にでよう、と少年が誘う。
社会的幸福という束縛を解きはなって。

いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや ※

なんだかんだラチのあかない思いを追っているうちに日がかげりはじめた。
結局、私の少年は稚拙なブンガク的修辞のうちに欲望を解消できる種類の人間のようだ。
代償作用としての芸術。玩具としての詩。

私は旅にでないだろう。だが一生旅立ちたいと思いつづけるだろう。

けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く ※

・・・・・・めざめると、もう夜だった。
「かきもの」のせいで疲れはてて眠ったらしい。 「注3」
ふと見ると、スティッキーズに文字がいっぱい入っている。
誰がかいたのだろう。私だとしても、今日はどれだけホントのことを述べたのか。
読み返しながら、全文をdeleteしてゆく。



注1→マスターベーションのことではない。
注2→書きもののことではない。
注3→どちらのことかわからん。

短歌はすべて岩波文庫「若山牧水歌集」より引用。

※「めろめろ」95号から転載しました。


散文(批評随筆小説等) けふのうた(散文バージョン) Copyright みつべえ 2004-08-18 20:30:39
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