火の森
音阿弥花三郎

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「火の森というものがある」と父が教えてくれた。私が火山の調査のためヘリコプターで火口の上空を飛んでいる時だ。父はそれまで私の横で眠っていたが ふと目を覚まして そう言ったのだ。火山は穏やかだった。二回りほど旋回してから 私は「それはどういうもの」と訊ねた。
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それは樹木自体が火そのもので出来ていて森を形成しているということだ。「それはどこにある」と訊ねると 「ここからなら近い」と言う。私はヘリをそこに向けた。しばらく海上を行くと 空に向かって逆巻く黒煙が見えてきた。規模の大きい山火事のようで、自然と私の鼓動は早くなっていた。
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父の言う通りだった。それは島であったが 島を覆うすべてが火炎となっていた。炎が木や草の形をまねて燃えているのだった。針葉樹のような火や 広葉樹のような火や 下草の形をしているが火であるものが 島のごく一部の岩場や砂浜以外すべてを覆っている。やがて夜になった。島の上空だけ夕焼けを起こしているような眺めで、暗い海上でその島だけが顕わにされた。
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帰るヘリの中で「不思議なものを知っていたね」と私は言った。「知らなかった。おまえが面白がると思い言っただけなのだ」と父は首をかしげている。そんなことが起こるものだ と私は思って煙草に火を付けた。その小さな火を見て 火の森があるならそこに住む火の動物がいるかもしれない と考えた。今度は子供たちを連れて来ようと話したのだが いつまでもヘリコプターは夜の闇の中で 人工の火も自然の火も私たちを照らし出してはくれない。
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自由詩 火の森 Copyright 音阿弥花三郎 2009-02-16 19:30:11
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