透明宣言
木屋 亞万

甲子園に行くためには名投手が必要である
バッテリーの才能がずば抜けていれば
守備や打撃にさして強みが無くても勝ち残っていける
二人の青年が呉琉紺駄高校に入学し、万年予選敗退だった野球部で
そのことを証明して見せた

彼らの球を打ったものはいない
打つどころか彼らの球を見たものすらいない
全試合全員三振という快挙を成し遂げた
背の低い青年は、消える魔球を投げ
背が高く目つきの悪い青年がその球を取る
球を消すのも、消した球を再び出現させるのも、常人にできるものではなかった
人は彼らを白球の魔術師と呼んだ

多くの選手や監督、審判、解説者が
その球筋を攻略しようとしたが、できなかった
ついに大学教授や研究所まで調査に訪れ
ペテンやズルだと彼らを罵ったり、次元を超えた奇跡の球だと評したりした
どちらにしても二人の青年には耳障りでしかなかった

彼らは伝説をそのままに、プロになった
史上初めてのドラフト同着1位で、二人ともアマーンズに入団した
それから5年後、伝説を揺るがすような選手が現れる
打球が消えるという噂の外国のリーグの首位打者だった
その選手と二人の魔術師は国際試合の舞台で対決することとなった

その対戦の日もいつものように
チビの魔術師はマウンドで、ボールを手で何回か回した後
ガリバーを背負い投げする力強さで球を投げた
球は手元を離れてすぐに消え、一瞬の空白の後にキャッチャーミットに収まる
審判はホームベースとミットの合間で、幽かに見えた球筋から
ストライークと叫ぶ、ロージンの白煙だけが打者には見えた

ついに例の外国人選手の打順が訪れる、彼はにやにや笑っている
打席に入ってすぐに、バットの先でスタンドを指した、ホームラン宣言だった
一球目、この試合で始めてバットと球の当たる音がした
その球はどこかに消えてしまって、今でも見つからない
二球目、酔っ払い親父にファールボールが激突した
球は親父の禿げた頭に当たるまで、消えたままだったという話だ
三球目、を投げる前にチビの魔術師はタイムを取った
悪い目つきの背高がマウンドに駆け寄り何やら話していた

チビは相当悔しそうにしていた、
いつもはおたまじゃくしのような目が、針金のように細く釣りあがっていた
背高はいつもの厳しい目つきとは対照的に眉間を緩めていた
自分の守備位置まで小走りで帰ってくると
両手を大きく広げ「とーめー」と叫んだ、透明宣言だった
二塁手と遊撃手が思わず顔を見合わせた、観客席がどよめいた
でも結局それが何なのか、解説者にはわからなかった

背高はいつものように周りの反応は意に介さない風で
キャッチャーマスクをかぶりしゃがみ込んだ
チビはいつもより多めに手の中で球を回し、背高は右手でミットをバシバシ叩いた
三球目が投げられた、地球を背負い投げするような投球だった
パシンという乾いた捕球音とともに、二人の魔術師は消えた
審判の前に白球が転がって、打者はその場に立ち尽くした

それ以降、二人の魔術師は二度と帰ってこなかった
その外国人選手はその後すぐに引退を表明し
自分も透明宣言をしなかったことを最期まで後悔したとされている


自由詩 透明宣言 Copyright 木屋 亞万 2009-02-02 01:55:06
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