さしすせそが言えなくて
RT
それは
砂糖一袋分の時間だという
いったい何のことだか
あなたの言うことは
時々なぞなぞみたいで
私にはよくわからなかった
息が苦しい
100対3で、塩の負け
なんの勝負だ
悩んだ頬に手を添えれば
生え始めの鱗に気がつく
「料理の『さしすせそ』を知っているか?」
そんな言葉を残して、あなたは消えた
知ってるわ
でも知らないわよ
塩の小瓶を手に取る
脱衣所に唯一残された
あなたの白いワイシャツ
どんな生物を殺してきたのか
胸に、お醤油の染みがたくさん飛んでいる
形見みたいに素肌に羽織る
バスタブに張った水に
3%の塩を解かして浸かれば
少し呼吸が楽になる
秘密がひとつ解ければ
ひとには言えない事だと理解する
ほらあの窓辺の瓶
なんていう魚の酢漬けだったか
体をシャツごしに軽く拭いて
滴を裾から零しながら
ひたひたと床を素足で歩き
ピアノの蓋を開ける
あなたがよく弾いて聴かせてくれた曲
もうとっくに暗譜している
あなたの真似して弾いてみれば
やけに「ミ」と「ソ」が多い
ハ長調のはずなのに
どうしてこんなに哀しいんだ
内側の海が波立つ
音色は誰の耳にも届かないだろう
逃げるように移り住んだ岸壁の別荘
海に沈む夕日は綺麗だけれど
伝えるあなたはもう戻らない
次は私の番ね
指をオクターヴに開けば
生えたばかりの水掻きが邪魔してもう届かない