亜樹

八つに裂かれてしまいました。
始まりはたぶん生まれた日に。
道徳だとか協調だとか
個性だとか信念だとか
我儘だとか論理だとか
金銭だとか健全だとか
そんな風な刃物が
繰り返し繰り返し
体の上に降ってくるのです。
いっそどれか一つなら良いのに!
どんくさい私には避けられようはずもなく
かと言って律儀者だと褒められもしないまま
とうとう八つに裂かれてしまったのです。

八つに裂かれた体を見れば
ああ、どこかで見たようなそれ。
海の底でこそこそぐにぐに
卑屈に這いつくばって進むそれ。
なんだ私は蛸だったのだ。
言われてみれば裂かれた部分は
なんということもない
生まれたときから持った手足。
自覚をすれば
ようやく自分の飢えに気がつくも
壺の中で安らいで
もうドコにも行きたくないのです。
(だってこれ以上裂かれれば、今度は烏賊になるより他ない)
それで仕方なく自分の足を食う。

それは例えば道徳の刃でつくられた凝り固まって融通の利かない堅苦しい心。
それは例えば協調の刃でつくられたマニュアル化され変化のない一枚岩のつまらない心。
それは例えば個性の刃でつくられた向こう見ずで無責任な考えなしの心。
それは例えば信念の刃でつくられた暑苦しい正義を押し付けるあつかましい心。
それは例えば我儘の刃でつくられた無抵抗で貧弱で諦めることに慣れた惰性の心。
それは例えば論理の刃でつくられた傲慢で冷め切って他を必要としない孤独な心。
それは例えば金銭の刃でつくられた余裕もなく矜持もなく脂ぎって爛れた心。
それは例えば健全の刃でつくられた日和見で視野の狭く自分にないものを見せびらかす高慢な心。

所詮は蛸の足ですので
食べても食べても生えてきます。
八本の足。
にょきにょきにょきにょき生えてくるそれ。
それしか糧になるものがないので
仕方なく今日も自分の足を食う
滑稽で臆病なぐねぐねとはりのない
どうしようもない蛸なのです。
私は。


自由詩Copyright 亜樹 2009-01-19 20:18:23
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