在りし日のペペロンチーノ‏
ブルース瀬戸内

かつていなかったはずだよ。
君ほどのペペロンチーノは
かつていなかったはずだよ。

確かに君はパスタに過ぎぬ。
君はただのデュラム小麦だ。
しかし、そんな君の出自が
気にもならなくなるほどに
君は真のペペロンチーノだ。

だって君のペペロン具合は
いかにも常軌を逸している。
そして君のペペロン具合は
空前のものに違いないのだ。
君と同じ時代に生きられて
僕は本当に幸せだと思うよ。

君は生前に語っていたよね。
自分はニンニクに弄ばれて
オリーブオイルに嘲笑され
結局、両者のおもちゃだと。
しかし、それはウソなのだ。
君こそがニンニクを弄んで
オリーブオイルを掌で操り
この世の春を謳歌したのだ。

それを黙して語らないとは
なんたる謙虚なペペロンか!
礼節をわきまえ過ぎている。
ペペロンの矜持に恐れ入る!

とはいえ、君は食べられた。
正直に言おう。僕が食べた。
僕は世界を食べ切ることは
決してできないだろうけど、
君を食べ切ることはできる。
ただ一本も残すこともなく。

君は立派なペペロンだった。
実に美味しくいただいたよ。
君にそっと添えられていた
トマトスープも美味だった。

君が僕の血肉となることで
これまでと違うまなざしで
世界を眺めることになって
ペペロン具合を忘れたって
僕がしっかりと伝えていく。
君ほどのペペロンチーノが
存在していたということを。

夢をありがとう、ペペロン。
涙を流さないで、ペペロン。
割とニンニクまみれの涙を。


自由詩 在りし日のペペロンチーノ‏ Copyright ブルース瀬戸内 2009-01-05 03:53:18
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