スワロフスキーの夜
エスエル1200

「まずは君に足りないものを補ってあげるよ。」と土星人が言ったが
「僕はこのままでいいよ。」と断りを入れ、スプーンでカップの縁のパイを崩した。
「せっかくだけど。」
だってこの“何かもの足りない”のが僕なわけだし、もしも補うべきものがあるとするならばそれは自分自身で見出すつもりだ。
それに、そんな大きな輪っかを頭に乗せていたら恥かしくって街を歩けないじゃないか。
そう思ったけれど言葉には出さず、少し濁った琥珀色のスープを口に運んだ。
「そんなだから貴方、あのこのスターマンになれないのよ、ねえ。」
と金星人のご婦人が口元を真っ白いハンケチで拭いながら土星人に同意を促すと、彼は大きく頷いた。
「君はいまいちぱっとしないんだからそれくらいしておいて丁度いいんだよ。」
「そうよ、彼の厚意を無駄にしちゃ失礼よ。」
理由はわからないが、彼らはなんとしても僕にその不愉快に輝く金色の輪っかを被せたいらしい。
「私の若い頃なんてね、これを8個以上つけてムーンウォークしたものだよ。」
「あら、素敵!スペーシーなマイケルジャクソンね!」
やれやれ、このままでは本当に土星人にされてしまいそうだ。
仕方がないので僕はありったけの知恵を振り絞り、穏便にお断りする理由を考えることにした。

先週の月曜日にカニ星雲あたりで流行っているエクササイズのDVDを購入し、おとといそれが家に届いた。早速それを実践したが普段運動をほとんどしない僕にとっては身に余るものであった。そして恥かしいかな開始して1時間後に首の調子を悪くしてしまった。とても素敵な輪っかではあるけれど、いまは被りたくとも被る事ができない。お気持ちだけ有り難く受け取らせて頂く。

我ながら良くできた建前だ。彼らはきっと納得してくれるに違いない。
これで僕の貞操と地球の平和は守られるだろう。
「ご厚意は有り難いんだけど実は・・・」
多少大げさな仕草で左の首の辺りをさすりながら話を切り出したが、それを遮るように前菜が運ばれてきた。
“マグロと冬野菜のモザイク風”だ。
そして、同時にいつもは無口な水星人が口を開いた。
「雑談はそのくらいにして、そろそろ本題に入りませんか。スノウマンさんも来られていることですし。」
二人は場都合が悪いような顔をし、僕はホッと胸を撫で下ろした。


            *


特に話の進展が無いまま、我々の目の前にはメインディッシュが並べられた。
「あら、素敵!」金星のご婦人が驚嘆の声を上げた。
「素晴らしい!“火星人のグリーン胡椒仕立て”だね。」と土星人。
僕には“タコの姿焼き”にしか見えなかった。
「とりあえず、ホワイトチョコレートは僕が準備するので。」
「そうね、それは地球でしか手に入らないものね。」
婦人は返事をするものの、目の前のご馳走に心を奪われそれどころではないという感じだ。
水星人はナイフの使えないスノウマンに“火星人”を切り分けてお皿に取り分けている。
すぐに「うまいねえ!」「おいしいわ!」と皆から絶賛の声が上がった。
味も歯ごたえもやはり“タコ”そのものだ。
皆は15分近く“タコ”に夢中になっていたが、土星人がふと思いついたように口を開いた。
「ところでね、なぜその日にそんなことをしたいのかが甚だ疑問なのだけれど。」
「そうそう、地球人のどなたかがお生まれになった日なんでしたっけ。」金星の婦人が続けた。
「でもとうの昔に亡くなられていると伺っていますけれど。」
僕は口元に手を当て、少しだけ考えてから答えた。
「僕自身もね、よくわからないんだよ。」
ほんの短い時間にあらゆる事が頭の中を駆け巡っていた。
そしてその“よくわからない”にはたくさんの“よくわからない”が含まれていたから、
何が“よくわからない”のかが自分でもよくわからなくなっていた。
「貴方はとても混乱しやすい性格なのね。」と金星の婦人が優しく言った。


“僕はいつも、気づけば大切な人を傷つけてしまっているんだよ”


我々はデザートのアイスクリームとワッフルを無心で頬張った。


            *


「普通はね、凍らせてもチョコレートはチョコレートなんだ。」と土星人が言った。
うん、と僕は相槌を打った。
「けれどほら、私達スターマンだから。」
そう言うと金星人は溶かしたホワイトチョコレートと先ほど削り出したばかりの月の光とを混ぜ合わせた。
その手さばきで眩い光の弧が何度もはじけて消えた。それはある種の芸術のように思えたし、新しい星が生み出されるときに生ずる煌めきのようにも思えた。
それが終わると冥王星から取り寄せた特殊なアイスメーカーでもう一度凍らせた。
土星人が人差し指で光の塊をすくい味見をし「大丈夫だ。」と言うと、
皆が同じように作業をし、それらは瞬く間に競技用のプールの何百杯分かになった。
我々の作業場の辺り一帯がキラキラと光を帯びて輝いていた。
そして最後にそれらすべてを宇宙に放り投げた。
虹ともオーロラとも万華鏡で観る景色とも違った“光のうねり”が空一面を覆い、我々を祝福した。
「あとはスノウマンが祈るだけだね。」

「ありがとう。貴方達のおかげでなんとかなりそうだ。」
すべての準備が終わった後、僕は三人にお礼を言った。
「お礼なんていいのよ。」と金星の婦人が言った。
水星人は何も言わなかったがニコリと微笑をくれた。
そして待っていたかのように土星人が土星で一番かっこいいポーズを取って言った。

「我々は全宇宙のスターマンだからね。」


            *


スノウマンは祈っていた。

もう誰も傷つかなければいいのに。

あのこの住む星に雪を。
スワロフスキーの夜を。
あのこの住む街に。


あのこに笑顔を。



自由詩 スワロフスキーの夜 Copyright エスエル1200 2008-12-22 15:46:29
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