心臓と銀杏
木屋 亞万

心臓の外壁が毛羽立って
秋が来たのだなと思う
それまではツルツルと滑らかな桃色で
トクトクと脈打っていたのに
潤いを失ったようにチクチクと壁面を広がってきている
それは太陽に透けたいつかの彼女の枝毛のように
乾いた樹木の皮をめくった時のいい香りがする
強い紅を含みこんだ茶色をしていて
さわさわと鼓動を流し始めている

幾筋ものあばら骨の守るものが
紅葉した心臓であるので
秋が終わると
美しい木々の群れは
骸の山のように黒く硬い骨を揺らす
ぱりぱりと揉まれていく落ち葉が
乾いた血液のように
茶けて、煤けて
細胞はいつのまにか壊死

銀杏は生まれた時から裂けている
つまりは胃腸が弱いらしい
消化不良の銀杏の実がつぶれて
水に流せない排泄物の香りがする
医者は慢性膵炎と診断したが
原因はよくわかっていないという
檸檬イエローが見たいと
病床で胃腸が呟いたので
銀杏はあんなにも鮮やかに黄色いのだと
心臓が教えてくれた

紅葉を狩りに行くということは
体内に潜り込むことなのだと
山の鮮血に囲まれて気付いた
血液は酸素を含むとこんなにも紅く
発色するのかと驚いていると
心臓は苦笑してこう答えた

血液は誰もいないのに流れることがあります
それが秋の終わりであり
冬の始まりなのです

心臓は仕事をなくし、あまりに暇なので
毛羽立っては、枯れていくのです
それは、愛に似ています


自由詩 心臓と銀杏 Copyright 木屋 亞万 2008-12-01 01:24:37
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